Facebookで失うもの

2013-01-15 14:43

朝6時の空

 

 

みなさんFacebook をやっていますか。いわゆるソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の一つで、日本では現在、シェアトップのSNS と言われています。

 

Facebook が浸透する前にも、mixi や MySpace などSNS は存在していて使っている人がたくさんいましたが、Facebook がそれらを抜き去り一番のサービスとなった大きな理由は実名登録制にあると思います。

 

実名で登録すると検索機能でこれまで縁遠くなっていた人を見つけたり見つけられたり、思わぬドラマティックな経験をすることができます。これがこのサービスの一番の醍醐味。ネット上とはいえ懐かしい人との再会はとても嬉しいものです。

 

特に嬉しいのは、少しの期間だけ仲良くなって音信不通になってしまった知人との再会です。学生のころの同級生ならば、会わなくなったとしても知り合いを辿っていけばいつか再会できるだろうという予感と自信があります。本気で再会したいと思えば、ネットに頼らずとも実現できそうです。でも、例えば学生時代のアルバイト先で3ヶ月だけ一緒に働いた人、なんていうケースは頻繁に連絡を取り合わないと、いつの間にか人の波に飲まれて二度と会うことができなくなってしまいます。

 

特に20代前半に出会って通り過ぎていった人の中には、その後の自分の人生に大きな影響を与えてくれた人がたくさんいます。連絡が取れなく、「死ぬまでにもう一度会いたい」と思う人が何人も浮かんできます。

 

つい先日、Facebook 上でそんな一人と再会しました。まさか再び連絡を取れると思っていなかったので、Facebook のすごさ、ネットの素晴らしさを改めて感じました。

 

と同時に、少し考えることもありました。高校生になる姪や中学生の甥は、同じようにFacebook に登録してFacebook に登録している同級生たちとネット上でもつながっています。きっとこれからアルバイトをすれば、そこで出会った人ともネット上でつながるでしょう。彼らはこれから先何十年たとうとも、環境が変わり、ちょっとやそっとじゃ再会できない友だちがいたとしても、ずっとお互いがどこで何をしているかをネット上で知ることになります。

 

各世代に与えられる環境はそれが宿命なので、そのこと自体いいことでも悪いことでもないんですが、ちょっとだけ考えます。彼らはこれから先、自分がついこの間味わったような体験、何十年ぶりかに知人と再会するといった感動的な体験を得る機会をすでに失っているのではないか。それはある程度年齢を重ね、実際に経験してみなければわからないような素敵な体験です。その機会をなくすことはやはり少しだけ寂しく感じます。

 

ネットはとても素晴らしいものですが、出現してまだ20年に満たないものなので、世代によっては感動する場面を与えてくれたり、また奪ったりするものになるのかもしれません。

 


Category:生活

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