eAT金沢 備忘録

2015-02-01 8:34

金沢市文化ホールで開催されていたeAT金沢に行ってきた。開催されたのは、1/30(金)31(土)の二日間で、自分が行ったのは二日目となる1/31(土)のスーパートーク。

 

12組のクリエイターがA、B、Cと3つのグループに分かれて順番に登場。それぞれがスライドを使って経歴やポートフォリオを紹介し、最後にモデレーターを中心にトークセッションを行うという内容だった。休憩をはさみつつ11時〜16時の長丁場で、少し遅刻して行ったけれども最後まで飽きることなく見ることができた。

 

話を聞きながら、途中から気になった発言をエバーノートにPostしていた。
それを見返しながら、備忘録的にメモしておきます。

 

Talk A

 

(Reatmo氏の演奏を聴いて)原始時代の人間も原理的にはボイスパーカッションをできたが、誰もやらなかった。シンセサイザーといった打ち込みのデジタル楽器が誕生して、それを口で演奏してみようという発想がはじめて生まれた。デジタルを通してアナログな表現が誕生した。(明和電機・土佐信道氏)

 

(ロボットの話になり)(人間そっくりのロボットである)ヒューマノイドは(人間に似ている分)それに接する人の期待値があがる。人間のようなリアクションをしてくれるのではと。キャラクター色の強いロボットにすれば(期待値は下がるので)安心して受け入れてくれる。ヒューマノイドでないものは打ち出しやすいので、意図してその方向に落とし込んでいる。(バイバイワールド・髙橋征資氏)

 

ロボットは感情がないから儚さを感じる。(明和電機・土佐信道氏)

 

(未来は明るいか?という質問に対して)未来は暗いという前提が自分たちの世代にはある。(深海魚のようなものか?)そうかもしれない。深海で各々が独自の進化をしていければ。(バイバイワールド・髙橋征資氏)

 

一様に未来は暗いという認識を持つ世代。その中で個人が自分の力でどうやって生きていくか。(Reatmo氏)

 

Talk B

 

(3Dプリンターについて)何でも作れるようになってきた。布も、土っぽいものも、金属っぽいものも、食品も。大企業レベルでしか作れなかったのものが、中小企業から出てくる時代。(原 雄司氏)

 

金がないとか、時間がないとか、設備がないとか、そういった「やれない理由」をなくす。金沢を言い訳のできない街にする。(小笠原 治氏)

 

Talk C

 

(90年代に広告賞が盛んだった理由について)90年代は、テレビCMなどをはじめとしたマスコミュニケーションの時代だった。賞を取らなければ、日の当たる場所に出ることができなかった。今はそういった明確なゴールがない時代だ。(中島信也氏)

 

(マスメディアがダメになったという論調について)全体で見れば、視聴率や雑誌の広告収入といったものは下がっている。しかし、メディアを必要としている層はいる。メディアはコミュニティとなっている。テレビを観る層、雑誌を読む層、新聞を読む層などそれぞれにいる。(全体で見るとダメかもしれないが、メディアをコミュニティとして見ると活用する必要性が見えてくる)(中島信也氏)

 

(Talk Aの「未来は暗いもの」という発言を受けて)自分たちの20代は、(会社勤めということもあり)目の前の仕事に必死で世の中が見えていなかった。未来というか、目の前が真っ暗だった。(中島信也氏)

 

(コピーライターという仕事について)「難しい」を「簡単」にして感動を生み出す。「伝える」はエゴ、「伝わる」は共感。シェアの時代に大事なのは突破力と、拡散力。

 

ピュアな部分は世界共通で変わらない。例えば、アップルの「Think different」は、世界中に一瞬で伝わった。(小西利行氏)

 

 

もちろん、5時間の長丁場なのでもっとたくさん良い発言があったけれども、とりあえずメモできていたのはこんな感じです。一線で活躍しているクリエイターばかりなので活動内容や発言は刺さるもの多しなのだが、その中でもバイバイワールド・髙橋征資氏のやっていることは結構印象に残った。

 

世界共通の身体的な表現である「拍手」をロボットで再現しようという試み。最初は人間が叩く拍手の音に近づけようと試行錯誤を繰り返していく。それで当然のことながらロボットの手も人間の質感に近づけていき、その結果、手だけが人間そっくりというとても気持ち悪いものができあがっていく。

 

そこから商品化へ向けてアートからエンタテインメントへ方針転換。キャラクター化していき、さらには巨大化したり、手の平を合わせるという動作から真剣白刃取りロボットといった異種を作り出している。拍手にこだわってそれを突き詰めていくとこういった進化(変化)をしていくのだな、といった変遷がとても興味深いものだった。

 

気持ち悪いものはアートといえるものだけど、アートを商品として転換するためには、親しみやすい形状のものへと変える必要がある。その際にコンセプトはそのままでもよくて、変える必要があるのは見た目だけ。人はコンセプトにお金を払うわけではない。もっと単純に気持ちがいいとか楽しいとかおいしいとか、感情が高揚できることに対価を払う。

 


Category:生活

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