文章を書くとは翻訳するということ

2015-03-19 7:35

「文章を書く」ことはどういうことだろうとふと考えてみた。そこには2つの役割があると思う。一つは言うまでもなく、「伝えること」だ。文字が連なって文章になることで、人はそこに込められているものを理解することができる。コミュニケーションの道具という一面がある。

 

しかし、自分一人で誰にも見せるつもりのない文章であればどうだろう。そこに伝えるという機能は必要とされないのではないか。そこで文章が持つもう一つの役割を考えてみると、「翻訳すること」が機能としてあることに思い当たる。

 

「翻訳」とは英語で“translation”。その単語には「置き換える」という意味もある。文章には、何かしらの対象物を文章という形に置き換える機能がある。伝えるのは、その置き換えを行った後のフェーズとなる。

 

誰に見せるあてもなく一人で書いた文章は、伝えるために書いているのではない。自分の心の中にある取り留めのない思いを、わかりやすい言葉に翻訳し整理するために書いているといえる。雑誌でよく見るインタビュー記事。あれも、対象者が話したことを整理して、わかりやすい文脈に翻訳しているのである。

 

もう一つ例を出せば、ガイドブックに出ているお店紹介の文もそうだ。お店の魅力はどういったところかを観察して、それを読む人の皮膚感覚に訴えられる文章に翻訳して伝えている。

 

どんなつまらないものでも文章のうまい人がそれを言葉で置き換えれば輝き出す。素晴らしいものを駄文で表現すれば印象は悪くなってしまう。文章を書くということは、対象を言葉に置き換えること。文章の優劣とはこの置き換え方で決まるのだ。

 

特にインタビューの仕事をするとこのことを強く感じる。記事ができあがってから、すごく感謝をされることがある。その時はきっと、その人が思っていることを的確に翻訳することができたのだと思う。

 


Category:執筆

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