文章作法の教え「難しい漢字を使うな」

2015-04-03 7:00

出版・編集関係の仕事を始めたばかりのころ、原稿はワープロで書くのが主流だった。会社にはWindows95が一台、置いてあったので、それのメモ帳やWordなどを使って書くこともできたと思うが、ほとんどの人はパソコンに触ろうともしなかった。パソコンは一部のモノ好きが使うマニアックなものという認識が、90年代半ばにはあったのだ。

 

それでワープロを使ってカタカタと文字を打っていると、会社の先輩編集者から次のような注意をよく受けた。

 

「難しい漢字を使うな」

 

手書きであればどういう漢字を書くかわからないのでひらがなにしているところ、ワープロは変換できてしまうのでつい漢字での表記が多くなってしまう。

 

例えば「ちなみに」という言葉は、自分の中ではひらがなで使うものと認識している。でもこうしてパソコン上で打っていれば「因みに」という漢字候補が出てくる。ひらがなで問題ないところ難しい漢字が候補に出てくると、つい使ってみたくなるのが人間というものである。その点をあらかじめ注意されていたのだ。

 

他にも「そうそうたる顔ぶれ」といった一文を書こうとすると、「錚々たる」にするか「そうそうたる」にするかしばし考えてしまう。文脈の中でこの漢字を見れば、まあまず読み間違えることはないだろうけど、読みながら、「へー『そうそうたる』ってこういう漢字なんだ」と意識が別のところにいってしまうとすれば、それはあんまりよろしくない。結局、「そうそうたる」という言葉そのものを使わずに「すごい顔ぶれ」としてしまうことが多かったりする。

 

後は、「ゆめゆめ思うなよ」などもやっかいな言葉だ。「そんなの使う機会ないだろ!!」とツッコミが入りそうだが、「〜となるなどとは、ゆめゆめ思ってはならない。」みたいに文末に使うと文章全体が締まりそうな気がして使いたくなるのである。

 

でもこの「ゆめゆめ」という言葉は、使う前には「夢々」という漢字を当てると思い込んでいたのだが、変換候補を見てみると「努々」というのが出てくる。辞書で調べてみると、「決して、絶対に」という意味の副詞である「ゆめ(努)」を繰り返す用法と書いてある。つまり正しい漢字はやはり「努々」もしくは「努努」なのだ。

 

これはさすがに読める人は少ないだろう。漢字表記はやめにしてひらがなで書くか、もしくは「決して思ってはならない」などと書き換えることにしている。

 

漢字が少ないと読みづらくなってしまうが、かといって変換できるものすべて漢字で書いてしまうとそもそも読める人が少なくなってしまう。バランスを考えることが必要だ。

 

最初の会社で教わったこうした文章作法の教えは、今でも文章を書いている際に顔を出してきて、いたらない自分を助けてくれる。

 


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