時間泥棒はどいつだ

2015-04-13 7:18

打ち合わせや撮影など、人と待ち合わせることは週に何回もあるけれど、必ず30分前には現場に着くようにしている。単純に遅れたくないという理由のほかに、早く到着するとそれだけの時間をプレゼントしてもらったような、得した気分になるから好きなのだ。

 

例えば14時に待ち合わせをしたら、現地には13時30分に着くよう予定を調整する。着いたなら予定時間になるまでの30分間は、完全な自由時間だ。その間に何をしようとうきうきとした気分になってくる。

 

そう言いつつ以前まではスマホの電源を入れて、SNSのタイムラインを消化することにあてていた。しかしスマホの画面って、集中してしまうと視界が本当にそれだけになってしまう。自分の部屋で見ていても、カフェで見ていても、満開の桜の下で見ていても、その時記憶に残るものはスマホの表示画面だけになる。

 

この調子でいけば、今後の人生の大部分の記憶はスマホの画面になるのではないか。いまわの際に走馬灯のように蘇る記憶が、Twitterのタイムラインになるなんて嫌である。大げさに言えばそういった危機感を感じ始めて、用事がない限りはスマホから手を離して、晴れていれば予定時間まで周りをプラプラと歩くことにした。

 

スマホへの距離の取り方を考えたのは、以前書いたようにSNSやニュースアプリを減らしたからだった。見る物の物理的な量を強制的に減らすと、開いてもすぐに記事を消化してしまうのでスリープ状態にするようになる。しかし困ったことに、もう見るものがないにもかかわらず、手持ち無沙汰になるとまた電源を入れてしまう自分の行動に気づく。

 

スマホって、そういう部分がとてもテレビと似ている。テレビも見たい番組があるわけでないのに電源を入れること自体が習慣になる。つまりスマホは、発信よりも受動的なデバイスとしてとても優秀なのだ。指で操作するだけで特に頭を使わずに暇をつぶせるものがたくさん出てくるので、テレビと同じく気がつけばどんどん自分の時間が吸い込まれていく。

 

スマホのおかげで外からでも仕事ができて効率化が図れた分、自分の時間は同じスマホに取られているのかもしれない。

 


Category:生活

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