写真のこと

うまく書けるかわからないけど、書いてみよう。

先日、知り合いの結婚式があった。披露パーティーは別日に行なうということで、ご家族の方だけが出席する控えめな式になるとのこと。その当日の写真撮影をして欲しいと頼まれていた。

取りあえずは式中の様子と、家族の集合写真を撮ってほしいと。動画では毎週のようにブライダルの撮影をしているけれど、スナップでは本当に数えられるほどしか経験がない。それでも「その程度だったら大丈夫かな」と快く引き受けた。

当日は快晴。ナビに従ってアクセルを踏むと、とても格式のある老舗旅館に到着した。会場は大広間で、式は庭園を眺望できる上品な個室にセッティングされていた。てっきり神社で行うものだと思っていたので、セッティングされた緊張感のある光景に飲まれてしまった。知り合いということで割りとふわふわした気持ちできてしまったが、大丈夫だろうか?

新郎と会い、握手する。「ちょっと旅館の風呂入ってくるわ!」といつもの調子だった。しばらくして白無垢姿の新婦も到着した。その後、式までの間、庭園や街中で二人の写真を撮った。式中ももちろんカメラを撮るのは自分だけ。一つひとつを撮り逃さないように注意しながら、構図に収めていく。

式が終わり、しばしの休憩を挟んで大広間でのお食事会。演目をはさみながら、とても和やかで優しい雰囲気で会は進んでいった。手紙があり、花束の贈呈があった。新郎の挨拶で会は幕を閉じた。最後に収めた写真は語り終わった二人の姿だった。

撮りながら、「自分が撮ってよかったのだろうか」という思いがずっと胸にあった。もっと経験豊かで上手くて安心できる人のほうがよかったのではと。帰りの車で式の余韻を感じながら、そう考えていた。

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撮り終わった写真のデータをパソコンに取り込み、次の日から選定と仕上げをし始めた。一枚一枚の現像を行っていくと、何だか昔のことばかりが思い出されてきた。新郎と新婦、そして自分は同じ会社で働いていたことがある。三人ともそこで出会ったのだ。同学年の三人だが自分が一番後に入ったので二人は先輩にあたる。

雑誌を作っていた会社で、社員たちは自前のカメラで素材を撮っていた。自分もそれにならって撮っていたが、当初はそれほど写真に興味を持つことはなかった。きちんとわかりやすく撮れていればいいだろう、ぐらいの意識だった。

それがしばらくして新郎と仕事をするようになって、その意識は大きく変わるようになる。ただ対象物を四角い枠に入れるというだけではなくて、新郎はどう見せるか、どう思わせるかについてこだわり抜いていた。「そこまでやるか?!」当時何回もそう思ったと記憶している。その後、3人とも会社を離れ、それぞれが独立して今にいたっている。

現像しながら、写真を撮り始めたばかりのことを思い出していた。そこそこに撮れていればいいと考えていた自分が「もっと上手くなろう」と思った過程には、新郎の姿があったのだ。生きていると出会うすべての人に少なからず影響を受けるけれど、自分の人生を変えることになった人のことはいつまでも忘れない。

今は「自分が撮ってよかったのだろうか」とは考えない。「自分が撮らせてもらえてよかった」そう思って、一枚一枚を仕上げている。つい思い出に戻されそうになる意識を、何とか未来へやりながら。

結婚おめでとう。

150412-1

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