翻訳物の読むスピードが落ちる理由

翻訳物のビジネス書を読むことが多いのだけれど、日本人が日本語で書いたものに比べて読むスピードが圧倒的に遅いことに気づいた。おそらく5分の1くらいに落ちると思う。この理由は何だろうと考えた結果、無駄だと思う部分がわかりづらいところにあると思った。

よく言われる話だけど、ビジネス書などで1冊のうちに作者が本当に書きたい部分というのはわずかしかない。ひょっとしたらほんの数ページで終わるかもしれない。しかしそれだと売り物にならないし、言説に説得力も生まれないだろう。なので例を引き合いに出したり、同じことを別の言い方にしてみたり、悪く言えば内容を薄めることで1冊の本として体裁を整えている。

それは別にいいのだが、読む方にしてみればなるべくエッセンスだけを抜き取って時間を掛けずに読んでしまいたいのが心情だ。いつまでもその世界に浸りたいと思う小説ならいざしらず、特にビジネス書は1冊のうちに一つでも価値ある部分に触れられればいいと割り切って読んでいる。

そのため「ここは必要ない部分だな」と思えればどんどん読み飛ばしていきたいところ、日本の作者が書いた本はその箇所の見分けが割りとつく。それが翻訳物になると急にできなくなるのである。どの箇所も重要に思えてしまうのか、読み飛ばすことができず一つひとつの文字を追ってしまうのだ。

この読み方でより深い理解が得られればいいのだが、意外とどんどん読み飛ばした本のほうが俯瞰して全体をつかめているので把握できているという側面がある。困ったものだ。

おそらくこれは、文脈のリズムに問題があるのだと思う。日本語には日本語の文脈的なリズムがあり、それに乗って読んでいると「あ、ここからは余分な話になるな」というのが感覚的にわかる。翻訳物は元々、別の言語で書かれているものを日本語に置き換えているので、日本語本来のリズムとはやはり異なっている。なのでこの「感覚的にわかる」ということができない。そこが見分けにくい一番の理由のようだ。

かといって翻訳物のほうが断然おもしろそうなものが多く手に取る頻度は高い。もっと速く読めて理解も深まるいい方法はないかなと考え中である。

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