エスプレッソの苦い思い出

コーヒー豆のストックが一粒も残っていない。一日でもコーヒーを抜くことは生活上あり得ないので、取りあえず近くのスターバックスで買ってくることにした。

色々な種類がある中、ローストがミディアムなものを選んでレジへいく。来たついでにコーヒーを飲んでいこうと思い、エスプレッソをダブルで注文した。ほどなくしてカウンターから淹れたてのエスプレッソを差し出された。

すると店員さんから「お水は要りますか?」と聞かれた。

「いえ、要りません」と答えると「お砂糖をたっぷり入れてお召し上がりください」と飲み方をアドバイスされた。

エスプレッソの砂糖の量を助言されたのは初めてのことだ。さては「こんなの苦くて飲めないよ」といったクレームを経験し、「これは砂糖をたっぷり入れて飲むものですよ。苦いのでお水も出せますよ」と助言することがマニュアルにでもなったのだろうか、と想像してみた。

今ではコンビニの商品でも「エスプレッソ風味」がたくさん使われていて、その言葉自体はかなりポピュラーなものになっている。

かといって実際のエスプレッソを初めて目の前にすれば、その量の少なさ、苦さにびっくりしてしまうだろう。そういった人たちへあらかじめ予告をしてあげるのは、まあ親切といえば親切といえる。

そういえば自分もエスプレッソを初めて頼んだときはその量と味に驚いたものだ。

初めて目にしたのは20代前半の時。女友達と原宿か表参道のカフェに行った時に頼んだのだった。

どういう経緯でその店に入ったのか、その前後のことはまったく記憶に残っていないのだが、どこかでお茶を飲もうという話になって友達の提案で、オープンテラスのあるとてもお洒落な店に入ることになった。

そのころの自分といえば、基本外食は町の中華屋とかそば屋とかが中心で、何か飲み物を頼むとしたらファーストフードへ入るといった感じ。

お洒落スポットにあるお洒落カフェなどに足を踏み入れるのは、初めてのことでだった。席に腰掛けてメニューを眺めてみる。あまり良く覚えていないのだが、自分の記憶にないようなドリンク名ばかりでかなり焦った記憶がある。

今の自分であれば店員さんを呼んでわからないことはどんどん質問してしまうのだけど、当時は自意識たっぷりある20代の若さ、「知らないことは恥ずかしいこと」という思い込みがある。

しかも友達とはいえ女の子の前なので、かっこ悪いことはできないと「何とかしてオーダーの関門を自力で突破せねば…」と呪文のようなメニューを凝視した。

すると、その中にひとつ聞き覚えのある商品名があった。「エスプレッソ」である。

「これは聞いたことがあるぞ!これだ。これにしよう」と実物を見たこともないくせに「俺はエスプレッソにするよ」と話して店員さんにオーダーした。しばらくするとお待ちかねのエスプレッソが目の前に運ばれてきた。

まずはその器のあまりの小ささに驚く。仏壇へのお供え用と言われたら完全に信じたであろう。

しかも入っている量はその小さい器のほんの1/3ほどしかない。これは手の込んだ冗談なのだろうか。

しかし目の前の友達はエスプレッソを見てもまったく驚いている気配はない。ということはこれがエスプレッソのデフォルトの形なのである。

動揺しまくったまま、ともかく飲んでみることにする。基本コーヒーはブラックで飲んでいたので、エスプレッソもブラックで飲むことにする。

というかこんなに量が少ないのなら砂糖入れると甘くなりすぎてしまうと考えた。まさに若気の至りである。

一口啜る。かなり、かなり、かなーり苦い。これまでに味わったことのないような、飲み物と言えないほどの苦さである。

ドッキリなのかこれは?すると目の前に座っている友達は「苦そうだね」と感想を求めてきた。「そりゃ苦いよ、エスプレッソなんだから」と絵に描いたような知ったかぶりで返答をしたことをしっかりと覚えている。

今思い出しても本当に苦いエスプレッソにまつわるエピソードである。

というわけで、20年の時を経て初めてエスプレッソの飲み方のアドバイスを店員さんからもらうことができた。

願わくば、初デートらしき若いカップルの男性が訳知り顔でエスプレッソを注文した時、忘れずに「砂糖たっぷりでお飲みください」と一言添えてほしい。