記憶に残るもの、残らないもの

2015-05-10 9:49

昨日は元職場の同僚が結婚するということで、2次会に参加してきた。そこでは前の会社のメンバーが何人か呼ばれていて、ひとつのテーブルに固まって結婚のお祝いをしつつ、お互いの近況などを報告し合った。

 

その後、場所を変えてしばらくの間、話をした。元々ある期間は同じ職場で苦楽を共にしていた面々なので、流れ的に昔話にもなる。「あんなこともあったなー」と笑いながら楽しい時を過ごした。そうして共通の記憶である昔話をしていると、何だかその職場では楽しいことしかなかったような錯覚に陥ってくるから不思議だ。

 

会社員として仕事をしていれば理不尽なことは山ほどある。嫌なことも辛いこともたくさんあったはずだ。なのに今となってはまったくそういったことを思い出すことができない。「なんやかんやあったけど楽しい会社だった」という印象しかない。

 

その時は楽しく思えなくても、時間が経つと良い思い出になる。こういうことってよくあることだ。一言で言えば「思い出補正」という言葉に置き換えられるのだろうが、もうちょっと深掘りすると、良いことは記憶に残して嫌な経験は消去していくというのは、生きていく上で必要な記憶のメカニズムなのではないかと思う。

 

嫌な経験もきちんと記憶に残って積算していくのであれば、年を取るごとに生きていくのが辛くなってくるだろう。チャレンジする気持ちも薄れていってしまう。そうならないように、明日は今日より必ず良い日だと思えるように、嫌なことは記憶の隙間から真っ先にこぼれていってしまうのではないだろうか。

 

深夜になり、「また会いたいね」と言ってみんなとは別れた。「また」がいつになるのかわからないけれど、昨日の祝宴はよい思い出としていつまでも自分の記憶に残ると思う。

 


Category:生活

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