英語は必要なくなる説

2015-05-12 7:42

今年の2月に香港へ行って以来、英語をもっと使えるようになりたいという思いが強くなり日々学習をしている。といっても参考書などを机に広げて時間をとってやるというのではなく、車で移動中の間に英語のオーディオブックを聞くというスピードラーニング的なことをしている。

 

香港へ行く前の去年の暮れから始めていたので、もう同じ音源を何回繰り返して聞いたかわからない。100回以上は確実に聞いている。日本語訳で読んだことのあるビジネス書のオーディオブックを選んだので、だいたいの内容はわかっているのだが最初の頃はほとんど聞き取れなくて困った。それが10周ぐらい聞いていればさすがにどういう内容の話をしているのかはつかめてきて、最近では単語の一つひとつを聞き取れるくらいにはなってきた。

 

といってもそもそも持ち合わせている語彙力が乏しいので、聞き取れても意味のわからない単語はたくさんある。英語耳にはなってきたように思うので、そろそろ語彙力を高める段階にいこうかなと考えている。

 

それで、世間に英会話教室がたくさんあることからして英語習得というのはキャリアアップを考える際にはポピュラーな手段という認識があるが、最近になって「英語はもう必要なくなる」「英語が話せてもキャリアアップにはならない」という言説を見かけるようになってきた。

 

その理由は2つあって、一つにはITの発達によりGoogle翻訳をはじめとしたツールの精度がこれからどんどんあがっていき、スマートフォンを仲介すれば意思の疎通ぐらいはリアルタイムでできるようになるという説。

 

もう一つは、これもITの発達により英語に関してはフィリピンやインドなど日本に比べて低コストで済む国にどんどんアウトソーシングするようになるから、英語を話せるということが優位にならないという説。

 

おそらくこのどちらもすでにそうなっていると思うし、その流れはどんどん加速していくだろう。20年前であれば「英語が話せる」というだけで重宝がられたかもしれないが、これからは「へーすごいね。でも今はスマホがあるからね」で終わるようになるかもしれない。

 

そういう流れの世の中にあって今さら英語を勉強しているわけであるが、モチベーションが落ちるということは今のところはなさそうに思う。何しろ、最初はまったく聞き取れなかったものが段々とわかってくるようになるのだ。ふっと壁を抜けるみたいにして、いつの間にか一つひとつの単語を耳で拾えるようになっていたのだ。自分の成長を日々実感できるものとして、語学の習得というのはとても有効なものだと思う。

 

ドラクエと同じようなものである。最初はこん棒しか持っていないのに、鋼の剣など強い武器を手にしてメラ、ヒャド、ホイミなど様々な呪文を覚えていく。英語は以前であればメラゾーマに匹敵するくらいに強力な呪文だったかもしれないが、これからはパルプンテみたいに「これ、いつ使うねん!」というレアな存在になるというだけの話。新しい呪文を覚えて成長していくこと自体がおもしろいのである。

 


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