未来感に満ちた、iPhone6Plus

先日からiPhone6Plusのことをディスってばかりいるが、気に入っていないかと言えばそんなことは全然ない。なのでいいと思う部分を少し書いてみたい。

iPhoneはどれも、基本的に入っているOSが同じである。4sと現行のものを比べたら体感できるほどに処理の速さも違うのだろうが、5以降のモデルであればCPUの性能も大差ないと思う。なので一番比べやすいポイント、評価しやすいポイントとしては見た目のデザインということになる。

それでiPhone6Plusの外観デザインの長所をあげるなら、手にした時のある種の馴染みやすさがある。発売前には1万円札とほぼ同じサイズというのが話題になったが、手のひらで握ることのできる他の物質で同じようなものがないかと考えれば、文庫本や新書などの大きさと近い。

縦幅は文庫本とほぼ同じで、横幅は新書より3センチほど短くなる。それらと同じでポケットに入れるにはかさばるけれども、
手に持って閲覧するには親しみのある大きさなのである。

部屋の中では基本的に5sをポケットに入れっぱなしにして、何かを見たり音楽を聴いたりするときはほぼiPhone6Plusで操作している。自分にとってはもはや当たり前のものとなってしまっているが、たまに改めてiPhone6Plusの形状のすごさを考えることがある。こんなに薄くて文庫本くらいの大きさなものを通して、本当に色々なことができるなー、と。わかりやすく表現すると、すごく未来を感じるのだ。

過去のちびっ子だった自分にiPhone6Plusを見せたら感動してしばらくは言葉がでないだろう。「本も読めるの?映画も見れるの?音楽も??未来はやっぱりすごいことになってるね!」と興奮するに違いない。

未来を一番感じさせる部分はどこかといえば、ディスプレイを囲むベゼルの薄さとサイドの丸み、形状そのものの薄さだと思う。今、ケースを外して手に持ってみて、改めてそのことを思った。そう考えるとやっぱりケースを外して使っていこうかなと片手で握ったら、人差し指にカメラの出っ張り部分が引っかかった。これだけはどう考えてもいただけないなー。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。