Apple Music スタート。揺らぐ所有欲

Appleが2015年7月1日より新しいサービスを開始した。その名もApple Music。これまではiTunesを使ってMacやiPhoneなどのローカルストレージに楽曲のデータをダウンロードするのが主流であった。それが月額980円のApple Musicを使えば、Appleのサーバーに格納されている曲をストリーミングすることで聴きたい時に好きな音楽を聴くことができる。

これまでも聴きたい曲があればYouTubeを利用して聴くという人が数多くいたと思われるが、アルバム単位で聴けるのがApple Musicのストロングポイントである。また、自分の好みに応じてアーティストや楽曲をレコメンドしてくれるのも探す手間が省けてありがたい。

昨日、MacとiPhoneのOSをバージョンアップしたところ、Musicアプリのデザインが変わり「For You」という項目からApple Musicが使えるようになっていた。3カ月間は試用期間として無料で使えるとのこと。早速使ってみることにした。

はじまったばかりのサービスだからか、まだまだ提供されているアーティストもアルバムの数も貧弱。これからのサービスという印象だった。それでもこれがビジネス的に不成功に終わって、結局こういったサービスそのものがなくなるという風には決してならないだろう。なにより便利だ。自分が持っていない曲でも、アルバム単位で何でも聴くことができる。

Apple Musicの曲数やアーティストが充実すれば、CDを買ったりお金を払ってダウンロードするという行為をしなくなりそうだ。どこにいてもデバイスからストリーミングで聴くことができるのだから。部屋にいてCDケースからCDを取り出してデッキに入れて聴き始めるのと、iPhoneのMusicアプリを操作して聴き始めるのとでは、「曲を聴く」という意味では同じである。そこに存在するのは、自分の手元に所有しているか所有していないかの違いだけだ。

Apple Musicのようなサービスがあったとして、もしそれの使い勝手が悪く料金も例えば月額10,000円など高いものであれば代替品にはならないだろう。一部の変わり者がやるだけで、ほとんどの人はCDもしくはダウンロードして曲を聴くという習慣を変えないはずだ。

それが、Appleの洗練されたサービスとネットインフラによって、安価に、いつでも、どんな曲でも、すぐに聴くことができるようになる。「一部の変わり者」をのぞいて、ほとんどの人は音楽を聴くという行為をそういったサービスを通して行うようになるのではないか。CDを買うという行為自体が物珍しいものになるのである。

そしてきっと、この流れはいろんなものに広がっていく。「所有する」という価値観が揺らいでいくのだ。

ものを所有せずに必要なものを好きなときに自由に使うのが当たり前になる。月額で好きな衣服を好きなだけ着られるサービスは始まっているし、Uberのようなサービスが広まればクルマを所有する必要がなくなる。世界中のネットインフラが整えば仕事場所がフリーになり、住居さえも所有する必要がなくなるだろう。

こういう流れを見ると、文明の進化はおもしろいなあとつくづく思う。文明発達以前であれば、モノを所有することを誰もが望み、所有している人が力を持ち、安心感を手に入れることができていた。それがいつの間にか、モノを所有する必要のない世の中へと変わっていくのである。この変化を見届けるために長生きしなきゃ。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。