村上春樹の文章の良さは、食事の細かい描写にある

2015-07-16 7:37

村上春樹がオーストラリアへ行ってシドニーオリンピックを取材した「シドニー!」という本を読んでいる。

「シドニー!」が単行本として出版されたのは2001年。そのころはなんというか村上春樹に関して食傷気味になっていたときで、読んでいないエッセイやら小説やらがゴロゴロある。どうして今頃になって読み始めたかというと、先日の大質問大会「村上さんのところ」のときに

自分の表現したいことを自分が表現したいように表現するというのは、とてもむずかしいことです。

(中略)

自分の書きたいことがだいたい書きたいように書けるようになったかなと実感したのは、たぶん2000年くらいだったと思います。シドニー・オリンピックを取材に行って、二週間毎日、その日のうちに400字詰め原稿用紙30枚の完成原稿を書いていたんですが、あまりにすらすら書けちゃうので、自分でもびっくりしたことを覚えています。

という箇所を読んだからだった。

その軽やかな文体から、すいすいと苦労なく文章を書いているように思える村上春樹でさえ、書きたいように書けるようになるまでデビューから数えて21年も掛かっているのか。

衝撃を受けると同時に、その転機となった作品を読んでみたいと思ったのである。

実際に読んでみたが、「すらすら書けた」というのはあくまでも本人の状況の変化なので、まあ文字を追っても「確かにこの本から変わっている!」というような劇的な変化は見られない(当たり前ですが)。

それよりも読んでいて改めて思ったのは、この人は本当に食べたり飲んだりすることの描写がうまいなあということだ。

この本の中で村上春樹は、シドニーのあちこちを回って競技を観戦し、取材をしているわけだが、その先々で当然のことながら腹が減り、喉が渇く。

それはもう人間ですから。だからといって、例えばそこで売られているホットドッグのことなどはオリンピックという大イベントを前にすればとても瑣末なことなので、取材に行った人のほとんどはいちいち書いたりしないだろう。

しかし村上春樹は、いろいろな食べものを買ってはそれもきちんと記していく。

ホットドッグを買ったなら、パンの食感だとか味付けだとかをとても具体的に書く。別のところでホットドッグを食べれば、味の違いを比較する。そしてビールやワインを飲む。それもきちんと書く。

あまりにも具体的に書いてあり、また美味い時には本当に幸せそうな書き方でそれを表現するので、読んでいる方も「シドニーに行きたくなる」というよりかは「ホットドッグを食べたくなる」となってしまう。

オリンピックでの競技を見た感想も村上節でおもしろいのだけれど、その食べ物や飲み物の描写もまたおもしろいのだ。

それはこういったエッセイだけでなくて、村上春樹の書く小説も同じである。文章を読んでいると登場人物が食べたり飲んだりしているものを無性に体験したくなってくるのである。

こういうところが個人的には、本当にすごいなあと思う。


Category:映画・音楽・本

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