村上春樹がシドニーオリンピックを取材した、「シドニー!」を読んでいる。
「シドニー!」が単行本として出版されたのは2001年。
どうして今ごろ読み始めたかというと、「どうしたら表現できるようになるか」という読者からの質問に、村上さん自身が以下のように答えていたから。
自分の表現したいことを自分が表現したいように表現するというのは、とてもむずかしいことです。
(中略)
自分の書きたいことがだいたい書きたいように書けるようになったかなと実感したのは、たぶん2000年くらいだったと思います。
シドニー・オリンピックを取材に行って、二週間毎日、その日のうちに400字詰め原稿用紙30枚の完成原稿を書いていたんですが、あまりにすらすら書けちゃうので、自分でもびっくりしたことを覚えています。
その軽やかな文体から、すいすいと苦労なく文章を書いているように思える村上春樹でさえ、書きたいように書けるまでデビューから21年も掛かっている。
そのことに衝撃を受けるとともに、転機となった「シドニー」を読んでみたいと思ったのだ。
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競技より、食べたり飲んだりを細かく書いている
実際に読んでみたが、「すらすら書けた」はあくまでも本人の実感なので、まあ文字を追っても「確かにこの本から変わっている!」と劇的な変化は見られない(当たり前ですが)。
それよりも改めて思ったのは、この人は本当に食べたり飲んだりの描写がうまいなあと。
この本の中で村上春樹は、シドニーのあちこちを回って競技を観戦し、取材をする。
通常であれば、それら競技の様子を事細かにレポートするだろう。
しかし村上春樹はいろいろな食べものを買って、それもきちんと記していく。
ホットドッグを買ったなら、パンの食感だとか味付けだとかをとても具体的に書く。
別のところでホットドッグを食べれば、味の違いを比較する。
そしてビールやワインを飲む。
それもきちんと書く。
エッセイだけでなく小説もまた同じ
あまりにも具体的に書いてあり、また美味い時には本当に幸せそうな書き方でそれを表現するので、読んでいる方も「シドニーに行きたくなる」というより「ホットドッグを食べたくなる」となってしまう。
オリンピックの競技を見た感想も村上節でおもしろいのだけれど、その食べ物や飲み物の描写もまたおもしろい。
それはエッセイだけでなくて、小説も同じである。
村上春樹の文章を読んでいると、登場人物が食べたり飲んだりしているものを無性に体験したくなってくる。
おそらく村上さんの文章から食事の描写をなくしたら、かなり味気ないものになるのではないか。
細かい食事の描写こそ、彼の文章の骨格を作っているようにすら思う。
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