「進撃の巨人」の怖さの根源

昨日、映画実写版「進撃の巨人」を観ながら思ったことが一つある。それは、基本となる設定がゾンビと同じだなーということだった。

この映画をジャンル分けすると、アクションパニックホラーに当てはまると思う。人間の敵として設定されているのはもちろんタイトル通りに巨人であって、巨人とは人型のモンスターのことを指す。

それらが人間を捕食しようとわらわらと近づいてくる。動きは基本的にのろく、不死身の設定だが弱点もある。作者は別にゾンビをモチーフにしたわけではないだろうが、巨人とゾンビの共通点は多い。明らかに異なるのはサイズぐらいである。

それで映画を見ながら、どうしてこういうゾンビのようなモンスターに人は恐怖をするのだろうと考えていた。そこで思ったのは、おそらく一番のポイントは「人間を食べる」という部分なのだと思う。「進撃の巨人」においても、その部分の描写にかなり力を入れていた。人間が食べられる様子こそ、この映画の見どころなのである。

例えば単純にモンスターが人間を攻撃してくるだけであれば、それは肉体的なダメージを回避したいという分かりやすい怖さだ。生命そのものの危機的な状況まで考える根源的な恐怖心でもある。それが捉えた人間を、人型のモンスターが自分の口に入れてムシャムシャと食べるとなると、自分の身体の内面からじわりと感じるなんとも言えない生理的な嫌悪感や恐怖心がある。

つまりは、実際に自分の腕や足や腹なんかをがぶりと食われるところをつい想像してしまうのだ。なぜならその行動は人間自身が普段、動植物に対して行っていることと同じだからである。食べ物として歯で引きちぎったり唾液で飲み込んだりというのは、普段自分たちが習慣としてやっている行動だけに想像がしやすいのだ。

なので、人型のモンスターに食われている人間の姿を見れば、否が応でも自分が食われる感触を想像してしまう。刀で切られたり銃弾で撃ち殺されたりという映像は、衝撃的ではあるけれどもやはり映画的で現実離れしたものだ。刀や銃で攻撃を受けた経験のある人は、かなり少数にとどまるだろう。

それが、「ひょいとつまみ上げられて頭から食べられる」映像を見ると、食べるという日常的な行動をしているだけに、ある種リアルなものとして自分の身にも迫ってくる。その辺が巨人はじめゾンビ系モンスターの怖さの根源なのではないかと思った。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。