なぜ実写映画化「進撃の巨人」は叩かれるのか

2015-08-11 7:23

先日、実写映画化「進撃の巨人」を観たと書いた。「すごいなー、こんなの作れるんだなー」と驚き感心した後に、ネット上での評判を見てみて再度、驚くこととなった。恐ろしいほどに叩かれているのである。

 

「これだけのものを作るのは相当大変なんだから、そこまで言わなくてもいいだろうに」、とせつない思いをしつつ、原作のコミックスを全巻買って読んでみることにした。もともと最初の何巻かは読んでいたのだけど、途中でなんだかストーリーがややこしくなってきたので読むのをやめたのだった。

 

10巻ほどで挫折したかと思っていたけど、1巻ずつ順に読んでみると3巻の終わりから読んでいないことがわかった。昔の自分はずいぶん早くに挫折したんだなと何やら感慨深い。

 

それで読み進めるうちに思ったのは、これは原作と映画は設定は同じだけれど内容がまったく異なるということ。ジャンルそのものが別のものになってしまっているのである。「こりゃ原作のファンの人はがっかりするわ」と膝を打つ思いだった。

 

どういうことかというと、映画の方は前も書いた通りにアクション・ホラーとしてこの物語を描いている。立体機動装置がビュンビュン飛び回る描写や巨人が人間を食べる様など、本当に苦労して実写化したのが見て取れる。

 

なので映画を見ていて一番に感じるのは、巨人に対する恐怖心である。作った人は恐怖を感じて欲しくて作りこんでいるのであろうし、その巨人を調査兵団が次々と倒していく爽快さを体感してほしいのだと思う。そういう意味では成功しているのだ。

 

しかし原作の「進撃の巨人」というのは、巨人の気持ち悪さが物語を支えてはいるのだけど、読者を引っ張っていっているのは謎解きの部分である。この物語はアクションでもホラーでもなく、ミステリーなのである。しかも、相当初期の段階から伏線をいくつも張っているので、読みながら驚くこともしばしばである。最新の17巻のラストでも、「え、そういうこと?」と驚いてしまった。

 

その謎解きを含めたストーリーの部分が、映画においてはかなり簡単なものへと改変させられているので「ネット上で袋叩きの巻」という図式になってしまっているのだ。

 

また映画版では物々しいセリフ回しが目についたのだが、それも原作の雰囲気をなぞったゆえのことだと読んだ後にわかる。しかしセリフ回しにしても、「いや、そういうことじゃないんだよ」と一言いってしまいたくなる感じなのだ。なんだろう、本当に設定とタイトルだけをお借りして、別の物語にしてしまっているのである。

 

結論を言えば、映画実写化版の「進撃の巨人」は原作を読まずにアクション・ホラーとして見れば十分楽しめる作品です。何しろ、自分がそうだったのだ。実際、あんな映像を日本の映画でも作れるんだなーと驚いたのは間違いないところ。

 


Category:映画・音楽・本

tags:



«
»