「やったもの勝ち」の意味。勇気ある人が、すべてを取っていく

若いころによく、「やったもん勝ちだから」という言葉を耳にした。

若いころのぼくは、その言葉の意味を額面通りにとらえていた。
つまり、物事には決められた席数があって、どんな手段を使っても陰で何を言われようともそれを奪った奴が勝ちなんだ、と。
「勝てば官軍」と同じような意味だと思っていたわけである。

若いころは、物事や社会に対し身の程を越えた潔癖さを求めるものだ。
なので「勝つためには何をしてもいい」という考え方に、嫌悪感を覚えたものである。

それでまあ、月日はサクサクと過ぎていき、今の40代の自分がその言葉を思い出すと、「ちょっと解釈が違っていた」と思い直す。

前提として、世の中には行動的な人はそんなにいない

「あれをやりたい、あそこへいきたい」と考えたり口に出したりしても、実際に行動へ移すのはごくごく一握りである。

習慣は別にして、人間は些細な行動であっても、現状維持の選択をとるものなのだ。

行動すれば、必ずリスクが伴う。
なので、ごく一握りの行動する人はやはり失敗もするけれど、多くのものを得るのもまた、それらリスクを取る人たちである。

そのような世の中で「やったもん勝ち」の意味を考えるなら、「やらない人間が大多数を占めるので、やったもんだけが勝者になる」が真理。

やらない人間が、ほとんどなのだ。
やらないひとはいつまでもゼロのままなので、少しでもやれば勝ちになる。

つまり「やったもん勝ち」とは、「勇気ある人が、すべてを持っていく」と言い換えが可能な言葉なのである。

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