「量より質」というシンプルな呪文

「量より質」という言葉が好きである。好きというか撮影をする際の、自分の中での呪文みたいなものになっている。

撮影においては焦れば焦るほど、自信がなければないほど、質ではなくて量に頼ろうとする。質が高く量も多いのがもちろん一番いいのだけれども、精神的に落ち着いていない際には「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」となる傾向が強い。

特に動画撮影の場合はそれが顕著に出る。動画においては撮影をしたらそれで終わりというわけではなくて、その後に素材を用いての編集作業が待っている。編集する際に自分が撮った素材を客観的に眺めてみれば、どういう心境で被写体に向かっていたのか本当によくわかる。

時間がなく焦っている時には、撮影しながら気もそぞろになる。目に入る色んな対象物を「すべて撮らないと!」と焦ってしまい、今まさに撮っている素材がぶれていたり構図が甘かったりと、いま一つのものになってしまっていることが多い。

一人で撮っている際には、「捨てる」ことがやはり必要である。あれもこれもと目に入るものすべてを撮ろうとして焦りだすと、全体的な撮影の質が低下する。30点ぐらいの点数のものをいくらかき集めたところで、できあがるものはやはり30点のものにしかならない。それよりも80点以上のものをきちんと狙って撮影した方が、仕上がる作品の完成度は高くなる。

動画だと「素材が足りないのでは?」という不安感がつきまとい、どうしても撮影の時の精神状態がフワフワしたものになりがちだ。そんなときには、「量より質」というシンプルな呪文が、自分の足を地上へと降ろしてくれる。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。