「人に何かを伝える方法」についての備忘録

2015-08-17 7:47

月日が経つごとに自分の仕事の領域が増えていっている。今誰かから、「どういう仕事をしているんですか?」と聞かれると、結構答えに困ってしまう。

 

それで、「デザインと執筆と写真撮影・編集、動画撮影・編集、ウェブ制作です」とつらつらとやっていることを答えることとなり、「ああ、そ、そうですか…」と突っ込みどころがありすぎて、その後の会話が逆に続かない場合も多々あったりしている。

 

このうちのどれか一つのことに集中して、監修の立場に立つやり方もあるとは思うけれど、極力自分の力でやるのが好きである。一人でやることの利点は、全体的な仕上がりを自分でコントロールできるという点にある。特にデザイン・テキスト(コピー)・写真は、グラフィックデザインを構成する上でなくてはならない要素である。これらすべてを自分の手でやってしまえば、自ずとトーンは一つのイメージへと収束していく。

 

もちろん一人でやることのデメリットもある。イメージの衝突が生まれないので、自分の発想の殻から抜け出しにくい。なので、できあがったなら一旦手を離し時間を置いて、客観的に観察するようなフローを組み入れたほうがクオリティは上がる。意見を言ってくれる信頼できる鑑賞者も大切な存在である。

 

またこれらのことはバラバラに見えて、結構制作上、似ている部分がある。一つひとつのスキルが向上するにつれて、他の分野へもそのスキルなり論理的な要素が貢献していくのを感じる。

 

例えばデザインと写真撮影・動画撮影は、「構図や色の配置、フレーミング」という部分で似ている。執筆と動画の編集は、「破綻のない物語の構築」や「行間」などが感覚的には同じだ。写真撮影のため美しい構図を頭に叩き込んだことが、動画撮影時はもちろんのことデザインをするときにもかなり活かされている。「人に何かを伝える方法」として、これらのことは補完し合うのである。

 

ただこの中にあって、ウェブ制作だけがどこにも大きく関わってこないように感じる。もちろんトーンやマナーという点ではデザインと同じではあるのだけど、ウェブというのはブラウザやデバイス、ウインドウの大きさによって表示が異なってしまう。なので「美しい構図や設計」というのが成り立ちにくいように思える。

 

もちろん「美しいコードの記述」というのはあるのでそこを追い求めることは可能だけど、やはり構図や行間といったものとは別の種類の美しさである。

 


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