村上春樹「職業としての小説家」

2015-09-13 8:08

紀伊國屋書店の買い占めが話題となった村上春樹の最新エッセイ、「職業としての小説家」が発売となった。

 

Amazonに予約注文をしていたから、届くのは次の版を待たないとだめかな、と思っていたけど、発売日当日に家に届いていた。たしか、紀伊國屋書店以外の流通先には5千部しか回らないとの話だった。それでもすんなりと手に入ったのは、ただ単に自分がその中のひとりに選ばれてラッキーだったということか、それともニュースを受けて初版をAmazonで買う人が少なくなったのか。

 

その辺の流通に関することは自分にとってわからないところではあるけど、ともかく発売と同時に読むことは半ば諦めていたので、届いたのはとてもうれしかった。

 

ハードカバーの300ページと決して少ない分量ではないが、届いてから2日で読んでしまった。おそらくはまた読み返すとは思うけど、とりあえず読み終わった感想を備忘録的に書いておこう。

 

あとがきに記してある通り、この本は村上春樹が30〜40人程度の聴衆を前にして話す、講演原稿という体裁を取って書かれている。なので文体は一人称の「ですます調」である。「小説を書くというのはどういうことか」という、かなり広範囲に及びそうな題目が通奏低音にあって、全12回に分けてそれを講義のようにして解きほぐしていっている。読んでいる人は、壇上に上がって話をしている、村上春樹の声を聞いているようなそんな親密な気分になる。

 

村上春樹の熱心な読者というのは(自分だけかもしれないが)、作者自身に対してかなり精神的な距離の近さを感じていると思う。まったく手の届かない雲の上の存在というわけではなくて、それこそ大学でたまにゼミの生徒を連れて食事に連れて行ってくれるような、フランクで真面目で冗談のうまい大学教授のような感じ。

 

自身の執筆体験を元に「小説を書くこと」について書かれたこの本については、通常の文体ではなく語りかけるような文体の方が気持ちに馴染んだと記してある。そしてそれは、その精神的な関係性からして読者にとっても、しっくりとくるものだろうなと思った。

 

書いてある内容は、村上春樹の読者であればすでに知っていることが多いだろう。例えば、書くことと走ることの関係性であるとか、小説を書こうと思ったきっかけであるとか、執筆に集中するため日本を離れたことであるとか。

 

でも、自分が記憶している限りにおいては、この本がもっとも仔細な部分にまで踏み込んで書かれている。特に、デビュー作の「風の歌を聴け」の執筆過程などは非常に興味深い。日本語で書く前にまず英文で文章を書き、それを日本語に翻訳して書いていった、というような話は知ってはいたけれど、どうしてそんなことをしたのか、「Why?」の回答を得られたのはとてもおもしろかった。

 

第一校を書き終わった後から校了となるまでの過程もとても興味深い。まずは奥さんに見せて、意見を言われた箇所は必ず何らかの手を加えるという。辛辣な意見を言われると感情的になってしまうというのも、「あー、クールな村上さんでもそうなんだ(笑)」と微笑ましく感じる。

 

第一校から第二校、第三校…と重ねていき、校了となるまで、しかるべきインターバルを取りつつ何回でも変更・修正を加えていく。ああいった読みやすくて尚且つ心にぎゅっと入ってくる文章は、一度きりで書けるのでは決してないのだ。大工仕事のようにトンカチを持って、「これ以上直すところはない」と、頭のてっぺんから爪先まで納得のいくまでコツコツと丹念に手を加えて完成させていくのだ。

 

こういった読み応えのある内容が多く、感想を書いているうちに読み返したくなってきた。そして、自分の手の内を惜しみなくバラしていく内容を見ていると、キャリアにおける現状の立ち位置というのを、村上春樹自身、かなり意識しているのだなと感じた。

 

海外の翻訳も含めて、この人の仕事の功績というのは計り知れないものがある。純粋な気持ちで思う。長生きをしていただきたい。

 


Category:映画・音楽・本

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