村上春樹についての備忘録 その2

「風の歌を聴け」を何度も読んだ後、手にとったのは、短編の「カンガルー日和」。町の図書館に行って村上春樹の単行本を探したが、その頃はおそらく一般的な知名度がほとんどなく置いてあるのは残念ながらそれだけだった。

厚紙のケースに入った可愛らしい表紙の絵で、「風の歌を聴け」と同じく佐々木マキのイラストが描いてあった。まるで絵本のような装丁だったので、「子ども向けに書いたやつかな?」と子どもながらに勘ぐった。しかし開いて文字を追ってみると、そのどれもが本当に素敵な短編で夢中になってしまった。

本のタイトルにもなっている「カンガルー日和」は、動物園で産まれたカンガルーの赤ちゃんを見に行くという話。カンガルーを見る日にふさわしいと思える日(カンガルー日和)を辛抱強く待ってついには動物園へ出かけるというストーリーである。その骨格となるストーリー自体が、何というか気の利いた冗談のようで心をくすぐられてしまう。そして内容もまた、「どうしてこれだけの話をこんな風に書けるのか?」と不思議に思うくらいにおもしろかった。

「1Q84」のベースになったという「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」や、村上春樹の小説の非リアリズムの走りのような「あしか祭り」。続きもののミステリー「図書館奇譚」など、タイトルを書いているだけでそこに描かれているストーリーをありありと思い出すことができる。「新月の夜は盲のいるかみたいにそっとやってきた。」というようなすっと挟まれる素晴らしい比喩にも、身体がぞくぞくするような感触を覚えた。

図書館の貸出期限が来るまで何度も読み返して、返した後には本屋に置いてあった文庫本を購入してまた何度も読み返した。中学1年の春先から夏に掛けて、学校の教科書を別にすれば村上春樹の活字以外は読んでいないのではないか。そのくらい魅力的で、引き込まれる文体とストーリーだったのだ。

今、中学1年くらいの人が、「何か小説でも読んでみよう、人気あるみたいだし村上春樹にしよう」そう思ったとしたら、どの作品に手を伸ばすのだろう。「海辺のカフカ」とか、「1Q84」などになるのだろうか。本当に余計なお世話なのだけれど、それだと「なんだかよくわからん」で終わってしまいそうな気がする。願わくば、「せっかくだからデビュー作から時系列に沿って読んでみよう」と「風の歌を聴け」や「カンガルー日和」を手にとってもらえればと思う。(つづく)