テレビでの情報取得について

テレビを見なくなって4年くらいが経った。以前は家に帰るとまずはテレビの電源を入れて、なんとなくその前に座っていた。それが意味なく画面を眺めている時間がだんだん無駄なように思えてきて、徐々に見なくなっていき、ついには電源を入れる機会というのがほとんどなくなっていった。そうなるとしまいには、「置いておいても邪魔だなー」と思うようになる。テレビそのものを処分して、完全に離れた生活を送るようになったのだった。

それでテレビがなくなって困るかと言えば、そんなことは基本的にない。電源をつけて番組をなんとなく見てしまうというのは、「そうしたいからする」というよりも習慣や癖になっている部分が大きい。外から家に帰ってくると、特に理由もなくなんとなくリモコンを探してテレビをつけてしまうのだ。

人間は動いているものに目が行く習性があるので、テレビがついていると見る気がなくてもそっちのほうに目が行き、意識が移ってしまう。その結果、テレビが存在しているだけで自分の時間がどんどんと削られていくこととなる。

テレビがなくなればこれまで視聴に当てていた時間を丸々手に入れることができる。テレビがなくなることで得られるメリットはあっても、なくて困ることはない。情報の取得はネットからしていけば良いのである。

そう思っていて今でもその考えの基本部分は変わらないのだけど、セレンディピティ(思いがけない出会い)な情報を取得するという面では、ネットはテレビに遠く及ばないと改めて思う出来事があった。ネットで情報を取得していると基本的には自分が興味のあるものにしか触手は働かない。ニュースアプリでざっと見出しを眺めたとしても、気になり実際に読んで見る記事は関心あることばかりである。

なので自分はつい最近まで、「五郎丸」というのがなんのことかまったく知らなかった。ネット上でもそのワードが頻繁に出てきてはいたのだけど、自分がまったく興味のない「ラグビー」とセットで登場していたので、すべて読まずに飛ばしていたのだ。

それがついこの間のハロウィンの時に、渋谷のスクランブルで五郎丸の扮装の人がいたという記事を読んで、「あ、なるほど。五郎丸というのは人の名前なのか」とようやく知ることができたのだった。

これが習慣としてテレビを毎日見ていれば、ニュースでもワイドショーでも、五郎丸さんがラグビーのトピックとともに顔写真付きで紹介されていたものを嫌でも目にすることになる。自分が興味ないラグビーのことであっても、知らないうちに記憶へとインプットされていたに違いない。

と、こうして思うとセレンディピティな情報を得るためには、たまにはテレビを見たほうがいいのかなーとも思ってくる。ただ30分なり1時間なり番組を見ることで取得できる情報量があまりにも少ないので、どうしても時間がもったいなく感じる。なかなか歯がゆい問題である。