見た目にコンプレックスのない人などいない

ジムへ不定期ではあるが、相変わらず通っている。その一番の目的はもちろん自分の健康維持にある。そして二番目の理由に、運動して快適な気分になりたいというのがある。以前読んだ本によると、体を動かすことで爽快になった気分は12時間持続するということである。なので最近は、仕事が一段落した昼ぐらいの早い時間にジムへ繰り出すことが多い。

昼のジムに来ている人というのはもちろんその多くがお年寄りなんだけども、中にはスーツ姿で更衣室に入ってくるサラリーマンもいる。ひょっとしたら外回りに行くと言ってこっそりジムへ来ているのかもしれない。これは会社からすれば「さぼり」にあたる行為で推奨されるべきではないだろうが、生産性を上げるという意味ではとても有意義な時間を過ごしていると思う。

まったく運動をせずに朝から晩まで休みなく働いている人に比べれば、こうして合間をみてジムに繰り出してくる人の方が集中力を持って仕事をできる。体を習慣的に動かすことで、高い集中力をより長く持続できるようにもなっているはずだ。

勤務時間を損ねるという面だけ取り上げればよくないこととなるが、時間の一部を投資にあてそれを仕事へフィードバックしていると考えれば、ただダラダラと時間を過ごしている人に比べて会社への貢献度は高いと思う。

などと考えつつもジムへ行く三番目の理由になっているのは、「みんな肉体にコンプレックスを持っている」ということを確認したいのがあったりする。ジムに来る人というのは様々で、その目的も色々なものがあると思う。でも「体に一定の負荷を掛け、反復する」という行為は、そのまま体の見た目的な変化へとつながっていく。なので時間と費用を投資してわざわざジムにまで足を運ぶ人というのは、多かれ少なかれ体の見た目を良い方向へ変化させたいと願っているのだ。

自分ももちろん肉体的なコンプレックスというのはたくさんある。その中には他人からすれば「どうしてそんなことを気にするの?」というほんの些細なこともたくさん含まれている。それらは普段生活している時には誰にも話せず(誰も他人の肉体的コンプレックスに興味などないだろうから)、日々孤独にそれらと向き合いながら生きているわけだが、なぜかジムへ来ると「みんなコンプレックスを抱えているんだよな」と連帯感のようなものを感じ安心する部分がある。

もちろん中には筋肉隆々な人がいて鏡の前でうっとりしたりもしているのだが、そんな自信に溢れているように見える人であっても、継続的な負荷が途絶えればすぐに筋肉がしぼんでしまうというある種の焦燥感や切迫感を持っているだろう。完璧に自分の肉体に対して満足している人間というのはどこにもいないのだ。

そんなしょうもないことを色々と思いながら、今日もまた一段落したらジムへ行こうかと考えている。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。