どうしてこんなに時間がないんだろう

今、村上春樹のインタビュー集を読んでいる。

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)

この中で割りとよく村上春樹が話しているのが、

これほどみんなが忙しくしている世の中で、小説を手に取ってしかも繰り返し読んでもらえるだけで嬉しい

といった内容のことである。

確かにそれはその通りだなと読みながら思った。自分も本はたくさん読むけれど、そのほとんどは実用書やビジネス書である。

それらは基本的には仕事に直結する本であって、「どうせ本を読むなら仕事に役立つものにしたい」という意識が働いているのだ。つまり本を読むにせよ、時間をムダにしたくないと思っているのである。

この前に小説を読んだのはいつだろうか。まったく思い出すことができない。

20代の後半までは本と言えば小説しか手に取らなかった。時間などいくらでもあるように思った。それがいつの間にか読まなくなって、本当に毎日を分刻みで暮らしている気がする。

しかし時間がないと思ってストレスを抱えていてもしょうがない。一日は自分が10代のころも、20代のころも変わらず24時間しかないのだ。時間がないと思うなら、自分の行動を変えるよりほかないのである。

行動の変え方としては、物事の優先順位をつけて下に来たものはどんどん切り捨てていくというものがある。

しかしこれだと結局、自分にとって役に立つと思えることしかやらなくなり、ゆとりがなくなって「あー時間がない」と思いながら過ごすことになる。

もう一つの行動の変え方としては、何事も今以上に効率よく行っていき、一つひとつに掛かる時間を少なくするというのがある。例えば、今は自分の手で掃除というものをしていない。すべてルンバに任せている。

外へ出るときに電源ボタンを押せば、家に帰ると床が綺麗になっている。ルンバに溜まっているホコリをゴミ箱に捨てれば、掃除はそれで終わりである。

以前は毎日モップを掛けて掃除をしていたので、月に換算して5時間くらいを節約できるようになった。5時間は結構、でかい。映画を二本見てもお釣りがくる。

このようにして、時間の短縮化を図れるものはまだまだあるように思う。毎日の行動を見直して、少しずつでも時間を持てるようにしていこう。しかし、余分な時間を持てたからといって、それを小説を読む時間へあてるかは疑問であるが。

空いた時間で新しいことをはじめてしまい、結局、「あー時間がない」と毎日言っているような気がする。つまりこれが、時間がないと思う根本的な理由なのである。