タイ旅行記 1-5 Need help?

タイ旅行記の5回目です。

ワット・アルンは英語名でTemple of Dawnという。直訳すれば、「夜明けの寺」となる。

この寺を舞台にした日本の小説で有名なものに、三島由紀夫の「暁の寺」がある。ワット・アルンの説明文には必ずと言っていいほどこの小説がセットで紹介される。

台湾の九份が「千と千尋の神隠し」のモデルになったと言われ、日本人観光客が大挙して訪れるようになったのと同じように、ワット・アルンもまた三島由紀夫の小説の舞台ということで、日本人が好んで訪問するタイの観光地となっているようだ。

ともかくそのワット・アルンへ行ってみようとグーグルマップを起動してみる。バスを乗り継いで行けば2時間半くらいで辿り着けそうな感じだった。

タクシーであればその半分弱の1時間ほどで着けそうである。

現地に着いて早々、バスに乗るのは勇気がいるが、まだ朝の5時過ぎだし急いでいってもしょうがないと、ここはひとまずバスを選択する。

グーグルマップを見ながら空港を出て歩道橋を渡り、バスが通っているらしき幹線道路へと出る。朝の5時だというのにものすごい車の量である。タイ人は朝が早いのか、それとも夜がとびきり遅いのだろうか。

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車がビュンビュン走り抜ける道路沿いのごく細い歩道を歩いて行くと、バス停らしきものを発見した。時刻表や注意書はない。いたのは長椅子の上に寝ている真っ黒な足の裏をした現地の人だけである。

そこに10秒くらい立ち止まって猛スピードで走りゆく車を目で追っているうちに、バスに乗ろうという心があっさりと挫けてしまった。

「空港のタクシーであれば、変な運転手はいないだろう。台湾の時もそうだったじゃないか」と考えを改め、タクシーに乗ろうとまた歩道橋を登ることにする。

この時点で早くも気持ちは億劫な感じになってきていた。バスを諦めたことで一人きりで海外にいるという心細さが急に湧いてきた。

この日は機上でほんの数時間眠っただけで、体調もあまりよろしくない。歩道橋への階段を上るに連れ、無事にタイでの日々を過ごせるだろうかとナーバスな心が急に身体中を支配していった。

そうして重い足取りで歩道橋を歩いていると、出勤途中と思えるタイ人のビジネスマンが“Are you OK? Need help?”と声を掛けてきた。

バックパックを背負った外国人がうつむいて歩いているのを見て、心配になって手を差し伸べてきたのだ。

“I’m ok.Thank you.”と返事をすると、“OK”とビジネスマンは足早に僕の先を歩いて行った。

これまで香港、台湾と1人で旅行してきたが、「大丈夫かい?」と声を掛けられたのは初めてである。しかも早朝で時間がないはずのサラリーマンが言葉を掛けてくれたのだ。

この国は親切な人が多いのかもしれない。

何であれたった一言、声を掛けられるだけで、気持ちというのは開かれるものだ。道行く人に心配されないよう背筋を伸ばし、グーグルマップを片手にタクシー乗り場へと向かった。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。