なぜ旅行記を書くのか

昨日でタイ旅行記を最後まで書くことができた。実は旅行記を書いている最中は、ブログのプレビュー数が下がる傾向にある。最初の頃はいつもと変わらないくらいに見に来てくれる人がいるのだが、回を重ねるごとに減っていくのだ。

これはまあしょうがないことである。

連続ドラマのように物語的な構成が練られているわけではない。有名芸能人や文筆家が書いているものでもない。市井のどこにでもいるような人間が、旅の旅行記を時系列で書いているだけである。やはり毎回読んでみたいとは、なかなか思わないだろう。

かといってプレビュー数の低下が嫌だから面白おかしく書くというのも、自分にとっては合わないように思う。やはりこういった感じで、自分が感じたことを一つ一つ時間の経過とともに書いていくのが性に合っている。

今回、旅行記を書きながら「では、なぜ自分はこれを書くのだろう」と考えていた。プレビュー数を上げようと考えないのであれば、究極的には見られなくても構わないと思っているということである。

その理由の一つには、旅の記憶を思い起こしたいというのがある。

旅というの刺激的でとてもおもしろいものだ。しかし日本での日常へ戻ると、驚くくらいにその記憶はするすると頭から抜け落ちてしまう。

それこそ泊まったホテルの部屋のイメージだとか、食事のシーンとかを断片的に思い出すだけで、「自分はどういうルートで移動し、何を見て、誰と話したのか。その時、何を思ったのか」という細かいところは思い出すのがだんだん困難になってくる。

しかしこうして文章で順番に書いていくと、不思議なくらい鮮やかにその時のことを思い出す。

バスに乗ったならその時のシートの座り心地や、外の景色、チケットをくれた時の車掌の瞳の様子までイメージできる。なので旅の記憶を文章で辿っていくのはとても楽しい。もう一度、その国へ行っているような気分になってくるからだ。

とここまで書いて、他に旅行記を書く理由がないかと考えてみた。

最初に書いたことと矛盾するが、やはりこの文章を人に読んでもらいたいと思うのもある。異国の地で自分が勇気を出して行なったこと一つ一つを読んで、「海外へ一人旅したいけど踏ん切りがつかない」という人へ背中を押したいという思いがある。

今は移動のコストが劇的に下がっている。今回の旅行は日本からタイまでの航空券と現地3泊のホテル代を含め、料金は55,000円くらいだった。感覚によるのかもしれないが、これはすごく安く感じる。

飛行機はLCCを使ったし現地のホテルはそこそこのグレードを選択したわけだが、航空会社はもっときちんとして広々したシートに座りたい人もいるだろうし、泊まるところはホステルで十分という人もいるだろう。

組み合わせによってまだまだ安くできるし、リッチにもできる。

何が言いたいかというと、金銭的なハードルというのはどんどん下がってきているのだ。「お金がないから行けない」というのは理由にならない。問題は、自分の心の中にある精神的なハードルなのだと思う。

秋には、もう一カ国アジアへ行くつもりだ。

泊まるところは、モノは試しでAirbnbで探してみようかなと思っている。そしてもちろん、その旅行記もこのブログで書いていく。それを見た人が「悩んでても始まらない。ともかく行ってみよう」と思ってくれることを願いつつ。

海外を旅することは、やったことない人がイメージしている以上に簡単である。そして、これほどリターンの大きい自分への投資はないようにも感じている。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。