パラダイムは日常に潜んでいる

2016-09-16 8:10

昨日の「パラダイムを変える」という話の続き。

 

パラダイム(常識・価値観)というとなにやら仰々しい感じるが、それは生活をおくる上でどんな些細なことにもある。僕たちは普段、何の疑問もなく行なっていることというのがたくさんある。自動操縦的にやっていて「他のやり方はないのか?」と検討もしないことである。そういうのを一つ一つ洗い出してみてもパラダイムシフトは案外、簡単に起こると思う。

 

そういう意味で最近、おもしろい本を読んだ。わたなべぽんという方が書いた「やめてみた。」というマンガ形式のエッセイである。

 

やめてみた。 ほんとうに必要なものが見えてくる暮らし方・考え方
著者 わたなべぽん

 

その内容はタイトル通りで、普段当然のように使っているものを実験的にやめてみて生活するというもの。結果的に断捨離と同じ効果でノイズが減り、ストレスが減り、その代わりにできることが増え、日々が楽しくなったという文脈で全編が語られている。

 

例えば止めたもののひとつに炊飯器がある。僕はそもそも自炊の際にご飯を食べないので家には炊飯器がないのだが、一般的な家庭では普通に存在していると思う。炊飯器がない生活というのはイメージすらしたことない人が大半だろう。

 

著者のわたなべさんはある日、いつものように炊飯器でご飯を炊こうとしたら、スイッチが点かないことに気づいた。気づかないうちに壊れてしまったのである。そうはいっても米はといでしまっているし、晩御飯の支度もしなくちゃならない。それで苦肉の策で、手元にあった土鍋で炊いてみることにしたのだ。

 

これがなんと大正解。艶がありしっとりとしたご飯の味はことのほか美味しく、さらに翌日でもその美味しさは持続していたという。これが一つの成功体験となって、「他にもやめられるものがあるのではないか」といろいろ探すようになったのだ。

 

ここから先は手に取って読んでいただければと思うが、そういえば僕も家の中にはテレビがない。ある日「もうテレビはいらないな」と思い立って人にあげたのだけど、それで困ることは何一つなかった。それどころかなくなってしばらくして、テレビ特有の効果音満載の音が部屋から失われたことで、気分がリラックスしていることに気づいた。「テレビはなくちゃならないもの」というパラダイムから開放されたことで、よい生活を手に入れることができたのである。

 

自分自身、色々と要らないものを削るのは好きだけど、まだまだ強固なパラダイムというのは存在しそうである。何を使うにしろ「これは本当に必要かな?」と疑う癖を持つようにしたい。

 


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