コントロールできるのは自分の振る舞いだけ

僕が住んでいるのは石川県金沢市だ。金沢というと全国的にはそれなりに名の通った地名で、人によってはそこそこ都会だと思われているかもしれない。もちろん中心部はお店が密集していて賑わっているけれど、そこから数キロでも離れれば田園風景も容易に見つけられるし、山の方へ行けば緑がたくさんある。東京や大阪、名古屋に比べると金沢を都会と呼ぶには結構、抵抗を感じてしまう。

その理由の一つとして、車の所有率の高さも数えられる。金沢の人の大部分は、「1人1台」の感覚で車を持っている。移動の中心は自動車だ。自分の感覚では300メートル離れた場所であれば、歩かずに車で移動するような感じがある。まさに住民の足となっている。

そうなると乗っている人の年齢層というのは幅広くなる。免許取りたての十代の人もいれば、営業をしているサラリーマンの人もいる。とりわけ目立つのがリアに高齢者マークを付けた車だ。高齢者マークとはカラフルな四葉のクローバーみたいなデザインのもので、70歳以上の人はこれを車に付けて運転することを推奨されている。

ご想像の通り、高齢者マークを付けた車は総じて運転のスピードが遅い。一車線の道に数台の車が数珠繋ぎになってノロノロと進んでいれば、その先頭にはたいてい高齢者マークの車がある。

このノロノロ運転に巡り合ってしまうとどうしてもイライラとしてしまう。何しろ時速40キロ、時には30キロくらいのスピードで走るのだから、いつもの感覚でアクセルを踏んでいればそのくらいの速度などすぐに超えてしまう。そうはいっても高齢者マークの車に出会う度に無理な追い越しをしていれば、事故を起こすリスクが格段に上がってしまう。そのため言わば我慢をして、片側一車線の道であればその速度についていくことになる。

この間もそういった車が前方にいて、時速40キロくらいで走ることを余儀なくされた。その道はまだまだ一本道が続くため、しばらくの間はこの車とお付き合いすることになる。「遅いなー、イライラしてくるなー」と思ったのだけど、前方は自分とは違う人が運転しているのだからその速度をコントロールすることはできない。コントロールできるものといえば自分の気持ちである。

そう思ってこのイライラをなくすような心持ちができないか試してみることにした。なぜイライラするかと言えば、本来もっとスピードを出したいところで出せていないからである。イライラの根本は、時速40キロというスピードにあるのではなく、もっと速度が出せるという車のポテンシャルにあるのだ。

だとすれば、そもそも自分が運転している車は、40キロ以上出すことができないと思ってみればどうだろう。スピードの感覚というのは相対的なもので、走っている人から比べたら時速40キロは実現不可能なほどのものすごい速度である。40キロというのは決して遅くはない。この車のポテンシャルすべてを振り絞って実現しているものなのだ。

そんな風に考えて、「この車は40キロが限界なんだ。これ以上、どうあがいても出せない」と車を運転すると、不思議なことにイライラした気持ちはどこかに消えていった。イライラの元となる考え自体を根本から否定したからである。

人の行動はコントロールできない。コントロールできるのは自分自身の振る舞いだけ。このことは、わかっていながらもなかなか考えるのが難しいことである。車の運転はまさにこのことを実行するに最適の場だと思う。遅い車に出会っても自分自身の修行と思い、安全運転を心がけたい。