村上春樹についての個人的な備忘録 その4

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しばらく間が空いてしまったけれど(一年以上も!)、村上春樹の作品について自分の読書遍歴を思い出しながら書いてみたい。

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以前の記事はこちらです。

村上春樹についての個人的な備忘録 その1
村上春樹についての個人的な備忘録 その2
村上春樹についての個人的な備忘録 その3

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「羊をめぐる冒険」を読み終わった後に何を手に取ったのか、あまり覚えていない。たぶん「ダンス・ダンス・ダンス」ではないかと思う。この辺の記憶が曖昧なのは、少し村上春樹の本から距離を取ったからだ。なぜかと言えば1987年にリリースされた「ノルウェイの森」が大ヒットとなり、世間の風潮が猫も杓子も村上春樹といった感じになったからだ。

自分の好きなものが急に注目されるとちょっと嫌になる、そんな経験はないだろうか。特に「ノルウェイの森」が売れた時、僕は高校一年生だった。それまで同級生に勧めても見向きもされなかったのに、ある日を境にトレンドの先頭を行くような存在になったのだ。10代の若者がその現象を面白く感じないのは、まあ当然のことのように思う。

ということで高校時代にはたまに羊三部作を読み返す程度、新作に対しては読んでみようという気が起こらなかった。しかし高校を卒業して大学受験に失敗し、一年間浪人生活を送っていた時に再び村上春樹を手にとることにした。勉強ばかりしていて息が詰まりそうだったから、と言えば聞こえはいいが、あまりにも自由な時間がありすぎてその使い方を持て余したというのが本当のところだ。

浪人生の時には本当によく本屋へ行っていた。そこでどういう本を買ったのかまったく覚えていない。書店へ行くことで勉強したような気になっていたんだと思う。そうして手に取ったのは、羊三部作の正当な続編に位置づけられている「ダンス・ダンス・ダンス」だ。

久しぶりに村上春樹の小説を読んでみて驚いたことが2つあった。一つは登場人物に名前が付けられたことである。主人公は相変わらず「僕」という代名詞のままだが、「羊をめぐる冒険」に登場した「彼女」にはキキという名前が与えられた。他にも新しく出現する主要な人々へは呼び名が与えられている。

この小説は羊三部作に比べ格段に広がりがある。札幌から東京、ハワイと主人公の移動距離が長いというだけではもちろんなく、僕を中心とした色々な物語が並行して進められていく。大きなつながりは僕とユキの関係だ。次に僕と五反田君。僕とフロント係のユミヨシさん。僕とアメ。僕と牧村拓。そして僕とキキ。少し思い出しただけでこれだけ出てくる。

「僕」だけの一人称の視点で描かれるためパラレルに色々な物事が進行していくというわけではないのだけど、これだけ複雑な関係性を描いているのはとても意外だった。「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」は言わばスケッチのように一つ一つのシーンを描いていき、それらを集めて物語を作っているというイメージだった。そこからは完全に離れて、よりストーリーテリングな作風へと変化しているのが手に取るようにわかった。いくつものストーリー重ね合わせていくため、「登場人物に名前を付ける」という選択がごく自然になされたのだと思う。

もちろんこれは今だからこういう分析ができるのであって、当時の自分は「名前がついてる!」と驚くだけだった。(またそのうちこの続きを書きます)


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。