シンガポール旅行記 3-4 カオスなリトル・インディア

この日は歩いてばかりで、ほとんど街並みの記憶というものがないです。ビルの谷間や幹線道路の下などを歩いて、Farrer Park駅までたどり着いたように思います。そこからLittle India駅まではわずか二駅です。

駅について外へ出てみました。街並みが明らかにこれまでの雰囲気とは違っています。リトル・インディアという名前だけあり、道行く人もほとんどが彫りの深いインド系です。とりあえず駅を出てすぐのスーパーのようなお店を見てみました。野菜やフルーツ、香辛料などがカゴに入っています。

そう言えばシンガポールの街中では、こういった野菜類を売っている店を見ませんでした。シンガポールに住んでいる人はあまり自炊をせず、食事は外食で済ませるようです。しかしその中にあってインド系の人たちは、自分たちで料理を作っているのかもしれません。

インドはもともとシンガポールと同じくイギリスの植民地でした。19世紀ごろからインド人が労働力としてシンガポールへ移動させられ、移民として住み始めました。彼らが形成したのがこのリトル・インディアです。

そのまま通りを歩いていきました。お香のきつい匂いがそこらじゅうから立ち込めています。歩道沿いには無数のお店が並んでいます。貴金属店がよく目につきました。金や宝飾品を売っているようで、身なりのいい人と店員が商談をしていました。もちろんバックパックを担いでフラフラと歩いている僕に、店員は声を掛けようともしません。

歩いていくうちに、見事な装飾を施してある寺院にたどり着きました。スリ・ヴィラマカリアマン寺院と書いてあります。リトル・インディアの住民が参拝に来るほか、観光客も出入り自由なようです。表玄関で靴を脱ぐようになっており、裸足もしくは靴下で中へ入ります。

寺院へ入ってすぐ、太鼓や管楽器を鳴らしている人たちがいました。インド映画で聞くような高音のサイケなメロディを終わりなく打ち鳴らしています。30度近くの暑さ、インド系の人々、お香の匂い、そして耳にこだまする音楽。ここはもはやシンガポールとは思えませんでした。頭のネジが少し緩んでくるような気がします。インドへ行ったことはありませんが、「インドとはこういう場所なのだ」と肌感覚でわかりました。(続きます)


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。