教えることでわかること

2017-03-08 21:47

 

 

2月下旬、とある企業へおもむいて、研修の講師をさせてもらいました。内容は「文章の書き方」と「写真の撮り方」です。これまでにもそういった講師系のお仕事はぽつぽつと行なっていましたが、今回は4時間×4日間というなかなか長時間に渡るものでした。

 

さすがにそれだけの時間を教えることに費やしてみると、色々と見えてくるものがありました。人に何かを教えるには、まずそのことについて自分が理解していないといけません。そのため気付きのひとつは、「教えることは、自分の学びにもなる」ということでした。

 

例えば文章の書き方であれば、講義を受けた結果、少しでもうまくなるようその取っ掛かりだけでも体得してほしいと思います。しかし僕は普段、書き方を考えながら執筆をするということがありません。今書いているこの文章も、何となく書き始めて文字のおもむくままにキーボードを打っている感じです。

 

自分がこんな感じだからと言って「文字のおもむくままに書いてください」などと話しても、何も得るものはありませんね。そのためどうしたら良い文章というのは書けるようになるのか、そもそも良い文章というのはどういうものなのか、それらを言葉にして伝えなくてはなりません。こういったことは普段、考えないことなので、自分の仕事を振り返る意味でとてもよい勉強になりました。

 

最終日となれば、皆さんも手慣れてきて特に写真に関しては見違えるようにうまくなりました。それが自分たちでも実感できるようで、写真を撮る実習のときには本当に楽しそうな様子で色々なものを撮ってもらいました。そうしてできあがっていく写真を見ながら思ったのは、人に何かを教え、それによって成長していく様子を目の当たりにするのは純粋に楽しいということです。

 

教えることによって成長していったなら、それは自分の言葉がきっかけということになります。その事実は自分の肯定感を満たしてくれます。もし何ら成長してもらえなければ、教えることにかけて僕は無能ということになります。いくらお金をもらえるとしても、それでは時間を費やす意味がない。その仕事に関しては、自分の存在理由がなくなってしまうのです。

 

今回の講義という仕事で一番の大きなことは、「教えることで成長を間近に見る、それは純粋に嬉しいことだ」と気づけたことですね。またこのような機会があれば、次はもっとうまくなるように教えられたらと思います。

 


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