なぜ花を写真に撮るのか

花の写真をよく撮ります。特にキレイだと思って撮っているわけではありません。道端に健気に咲いているのを見ると、ふとその姿を写したくなるのです。

それはなぜだろうと考えてみました。「花は時間という認識の象徴に思えるから」ということに思い当たりました。

時間は誰もが共通に認識しているものです。一時間と言われれば、皮膚感覚でその長さを測ることができます。一週間と言われてもそうです。しかし困ったことに、時間は目で見ることができません。時計の針の動いているところを見ることはできますが、それは「時計の針」という物体であって、時間そのものではありません。時間というのは手で触れたり目で見たりすることでできない、みんなが共通に持っている認識なのです。

時間はひとときも休まずに動き続けています。今、地球上にいる僕たちは、一人残らず時間が絶つと消えてなくなります。それは抗いようのない事実です。その事実の中で僕たちは実際に時間を見ることができないため、自分たちがいつか消えてなくなることをつい忘れてしまいます。

しかし咲いている花を見ると、「この花はいつまでも咲き続けるわけではない」ということがわかります。僕たちはそのことを無条件に知っています。今日見た花は、数日もすれば必ず枯れていく。咲いているのは、ほんのひとときのことです。

時間は目に見えないものです。しかし咲いている花を見ると、「この花は今がピークで、あと数日もすれば枯れる」という時間の存在を知ることができます。写真という一瞬を切り取る道具を使うことで、休まず流れている時間そのものを認識したいのだと思います。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。