「充実した一日」と「今ひとつな一日」。この2つの行動の違いは何か

僕はフリーランスとして働いているため、自分の時間をある程度、自由にコントロールすることができます。しかし自由に時間を過ごしていても、「今日は充実した一日だった」と感じる日と「今日は今ひとつだった」と思う日があります。

この違いはなんだろう。どういった行動の結果でこのように思うのだろう。そんな風に疑問に思っていました。そして昨日、その謎が解けました。

毎日、午前中は何をやるにも集中することができます。仕事をするにせよ、オフの日で読書に当てている場合も、昼までの時間は有意義に使えている実感がある。問題は、午後です。

午後も同じような感じである程度、集中して色々なことができればいいのですが、ご飯を食べてしまうとどうしてもだらけてきます。

本を読むでもなく、仕事をするでもなく、部屋の掃除をするわけでもなく。何をするにも億劫に感じ、その結果、ダラダラとネットサーフィンで時間を浪費してしまう。

そうなんです。こんな風に午後を過ごすと確実に、「あー、今日は調子の出ない日だったな」と思い返すことになるのです。

「調子が出ない」と書くと自然現象でそうなっているような感じがしますが、なんてことはない、自分の怠惰な行動が低空飛行の状態を作っているのです。

そのことがわかってきたので、今日の午後は主体的に行動するよう心がけました。面倒に思ってもまずはやるべきことをやり、その後はネットを遠ざけて本を読んでいました。

夕方になってからは外へ写真を撮りに行き、夕食を食べ終わり、こうしてブログを更新しているわけです。一日を振り返ってみると、「今日はなかなか充実した一日だった」と満足しています。

やはり午後の活動の仕方によって、その日の満足度が変わりますね。

神経を一日中、張り詰めた状態で、毎日を過ごすことは無理な話です。なので、ネットサーフィンも必要なことだとは思いますが、面倒だからという理由でネットへ逃避すると、一日を無駄にした気分がしてしまいます。

ネットへ逃げこまず、午後の時間も午前と同様、有効に使っていきたいです。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。