「充実した一日」と「今ひとつな一日」。この2つの行動の違いは何か

2017-06-08 21:23

 

 

僕はフリーランスとして働いているため、自分の時間をある程度、自由にコントロールすることができます。しかし自由に時間を過ごしていても、「今日は充実した一日だった」と感じる日と「今日は今ひとつだった」と思う日があります。この違いはなんだろう。どういった行動の結果でこのように思うのだろう。そんな風に疑問に思っていました。そして昨日、その謎が解けました。

 

毎日、午前中は何をやるにも集中することができます。仕事をするにせよ、オフの日で読書に当てている場合も、昼までの時間は有意義に使えている実感がある。問題は、午後です。

 

午後も同じような感じである程度、集中して色々なことができればいいのですが、ご飯を食べてしまうとどうしてもだらけてきます。本を読むでもなく、仕事をするでもなく、部屋の掃除をするわけでもなく。何をするにも億劫に感じ、その結果、ダラダラとネットサーフィンで時間を浪費してしまう。そうなんです。こんな風に午後を過ごすと確実に、「あー、今日は調子の出ない日だったな」と思い返すことになるのです。

 

「調子が出ない」と書くと自然現象でそうなっているような感じがしますが、なんてことはない、自分の怠惰な行動が低空飛行の状態を作っているのです。そのことがわかってきたので、今日の午後は主体的に行動するよう心がけました。面倒に思ってもまずはやるべきことをやり、その後はネットを遠ざけて本を読んでいました。

 

夕方になってからは外へ写真を撮りに行き、夕食を食べ終わり、こうしてブログを更新しているわけです。一日を振り返ってみると、「今日はなかなか充実した一日だった」と満足しています。やはり午後の活動の仕方によって、その日の満足度が変わりますね。

 

神経を一日中、張り詰めた状態で、毎日を過ごすことは無理な話です。なので、ネットサーフィンも必要なことだとは思いますが、面倒だからという理由でネットへ逃避すると、一日を無駄にした気分がしてしまいます。ネットへ逃げこまず、午後の時間も午前と同様、有効に使っていきたいです。

 


Category:生活

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