不運なことが立て続けに起こりました。立ち直るためのマインドについて

スピリチュアルなことを信じるかどうかと聞かれれば、どちらかというと信じる方だと思います。やはり運命的な出来事というのはあるなと。

だから何かしら不運なことが起こっても、「今、このタイミングでこれが起こったのはなぜだろう」と考えてしまいます。そのひとつのことだけを見ずに、もうちょっと俯瞰して考えてしまうんですね。

実は最近、ふたつばかり不運なことが続きました。ひとつは、車のサイドミラーが壊れました。駐車している時に閉じた状態にしておいたら、ボタンを押しても開かなくなってしまったんです。

何度かカチカチやってもまったく動きません。当然のことながらサイドミラーが閉じた状態で運転をすると死ぬので(笑)、手で開けることにしました。

運転中に急に作動して開きましたが、もう一度カチカチやってもやはりだめ。とりあえず開けたままにして、閉じないで使うことにしました。

もう一つの不運な出来事は、今日起こりました。

今日は婚礼の動画撮影をしていました。披露宴も終盤に差し掛かり、これから新婦の手紙がはじまるというところ。レンズを標準ズームから望遠ズームへ替えた時に、手が滑って標準ズームを床に落としてしまいました。

レンズフードは真っ二つに割れましたが、レンズは見たところ無傷です。大丈夫だったかとカメラに装着して作動してみたら、ピントが合わないことに気づきました。

振るとカラカラと音がするので、レンズの中が破損してしまったのだと思います。

このレンズは今年の3月に買ったばかりの、Nikon 24-70mm/f2.8です。買った時のお値段は23万円ほど。

修理の見積もりをNikonのウェブサイトで取ってみたら、約10万円くらい掛かるとのことでした。

レンズが割れたわけではないのでもうちょっと安くなるとは思いますが、それにしてもかなり余計な出費です。不注意だったとものすごく反省しました。

それと同時に、数日の間にこうして立て続けに何かが壊れると、どうしてもその意味のようなものを考えてしまいます。

普通なら「ツイてない」と思うところですが、僕は逆に「これはツイてるんじゃないか」と思ってしまうんですね。

どういうことかというと、このふたつのものが壊れたのは、もっと大きなトラブルの身代わりになってくれたんじゃないかと。

車のサイドミラーも、運転中にもっと重大な故障が発生して事故になっていたかもしれません。レンズの落下も、撮影の序盤であればかなり厳しい状況に追い込まれていました。

不運がふたつ続いたことで、もっと大きな不運を避けることができたような気がするんです。

まあこれは「そういう気がする」というだけで、実際のところはまったくわかりません。まさにスピリチュアルです。

ただこう考えると、不運を不運と思わなくなるという利点があります。ついてないことがあった時は、「大きな不運の身代わりになってくれた」と思うとポジティブに切り替えられるかもしれませんよ。