Instagramへの連続投稿が100日を越えました

Instagramへ投稿するようになって、100日が経ちました。用事のある日以外は、ほぼ毎日写真を撮りに出かけています。

「仕事ではなく自分の撮りたい写真を撮りたいように撮る」、このことも100日くらい続けているわけです。このくらいの日数をかけ繰り返しやってみると、やはり自分なりに見えてくることがあります。見えてくるというか、わかってくるというか。

最初の頃は、ともかく「この写真をInstagramへ上げたらどう思われるだろう」と人の目ばかりを気にしていました。撮っている時はもちろん自分が「これはいい写真だ!」と思っているのですが、それを第三者が見てどう思うのか。そのことを想像してしまって、なかなか写真を撮るという行為を楽しむことができませんでした。「外に出たからには撮らないといけない。それもいい写真を!」と焦ってもいましたね。

それが、Instagramへアップしてちょうど100日くらい経った時。いつものように石川県の白山市という自然に囲まれたところで写真を撮っていると、ふいに言いようのない幸福感が訪れたんです。「この写真は人が見てどう思うのだろう」という考えが、すっかりなくなっていることに気づきました。それよりも傾いている夕日を見て、静かにそよいでいる風に木が揺れているのを見て、「この景色を写真に収めたい」という静かな衝動が起こったんです。

おそらくその瞬間に、少し自分の中でステージが変わったんだと思います。今日もまた白山市へ行って写真を撮っていましたが、「いい写真を撮らなきゃ」という焦る気持ちはまったくなく、「撮れなきゃ撮れないで仕方がない」と割り切りながら歩いていました。それよりも、カメラを手に自然の中をゆっくり歩いていること、その行為そのものが楽しかったんですね。

苦しみながらでは何事も絶対に続けることはできません。歯を食いしばるような努力も、自分は続きません。こういう風に、写真を撮りに行くことそのものがとても楽しくなってきた、そのことは自分にとって非常に嬉しいことです。