理由を考えることで、メタ認知を鍛えられる

2017-08-26 22:46

 

 

なぜあの店は、閉店してしまったのか

近くにあったレストランがいつの間にか閉店していました。おそらく一年保たずに閉めてしまったと思います。店舗前には「テナント募集」という立て看板が立てかけてありました。元は携帯ショップが入っていたところです。それをレストラン向けに改装してオープンしていたので、初期費用はかなり掛かったのではないかと思います。

 

僕はそのレストランから徒歩5分くらいのところに住んでいます。レストランができたことは知っていました。一度、行ってみようかなと思っているうちに、店がなくなってしまったという感じです。

 

店をやめた理由は知るよしもありませんが、おそらく採算が合わなくて現金がショートしたのでしょう。一度も入ったことがないので味や内装の雰囲気はわかりません。

 

正直、場所はそれほどよくありませんでした。大通りというわけでもなく、オシャレな一角というわけでもないです。しかし地方のレストランにおいて、場所というのは大きな要素になりません。ほとんどの人が車を持っていますから、おいしいという評判が立てば足を運ぶんですよね。

 

僕は「そのうち行ってみよう」と思っていて、結局、行きませんでした。その理由として思いつくのは、高級そうな感じがしたんです。値段が結構、高いんじゃないかと。後はガラス張りのオシャレな外観で、入りづらい雰囲気がしました。

 

でも富裕層を狙ってオープンしたのだとしたら、イメージ作りはそれであっているように思います。ということは、お金を持っている層へ、お店の存在をリーチできなかったのか。お金持ちはどこから情報を仕入れるのでしょう。やはり口コミでしょうか。ここまで考えてみて、やはり味や価格、雰囲気を知っておけばよかった。一度ぐらい行くべきだったと後悔してきました。

変化の理由を考えることで、メタ認知を鍛えられる

こうして何か世の中の変化を見た時には、その理由を考えるのが好きです。変化した要素を推測することは、メタ認知を鍛えられるようにも思います。

 

メタ認知とは何か。それは自分のことを客観的に認識することです。文章を書くにせよ写真を撮るにせよ、メタ認知なしに人の心へ響くものは作れません。

 

例えば今書いている文章も、「これを読んだ人は、書いてある事の意味がわかるだろうか。おもしろいと思うだろうか」ということを考えながら書いています。つまり自分の文章を客観的に見ている部分があるんですね。それがないと、おもしろい文章は(実際に書けているかは別にして)やはり書けません。

 

しかしこのメタ認知。やってみるとなかなか難しいです。流行っていないお店の理由は、客観的な視点で判断ができます。ではこの調子で自分のことを見れるかというと、やはり完全には無理です。

 

そこには「自分の好み」というのが、必ず顔を出してくるんです。僕も人から見て、「こうやればもっとうまくいくのに」ということがたくさんあるんだと思います。どれほど自分なりにメタ認知を駆使しても、「人になんと思われようと、自分はこうやりたい」というものが残ってくる。

 

おそらくそれが、自分にとっての核となる部分なんだと思います。なので、この核の部分は変えることなく、うまく活かしていく方向でやっていければ一番いいんだろうなと。

 

ともかく何かを発信するだけでなく、普段の仕事やコミュニケーションでもメタ認知は必要です。常に意識して、鍛えていきたいですね。

 


Category:生活

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