昔は素晴らしい文章を書いていると思っていた。そして自信がなかった

2018-02-13 20:16

今日、仕事のテキストを書いていて、ひとつ気づいたことがありました。BGMを掛けながら普通に執筆することができたんです。

 

「なんのこっちゃ」という話なので、順番に説明します。いつも自分は、文章を書くときにノイズキャンセリングイヤホンを着けていました。

 

ノイズキャンセリングイヤホンというのは、逆位相の音を出すことでノイズを相殺するというイヤホンです。一言で言えば、ノイズが聞こえなくなるイヤホンです。

 

自分はBozeのQuietComfortという製品を使っています。これをつけると、耳には「シャー」というホワイトノイズだけが聞こえ、ディスプレイに集中することができるんです。

 

これまで、ちょっとでも長い文章を書くときには、必ずこれをつけるようにしていたんです。でも、今日文章を書いているときに「あれ、そういえばノイズキャンセリングイヤホンをつけてないな」と気づきました。

 

 

これは自分のなかで大きな変化だなと思いました。どう変化したかというと、文章を書くことそのものの考え方が変わってきたなと。

 

 

昔はもっと、執筆が崇高なこと、素晴らしいものという風に考えていたんです。誤解を恐れずに言えば、「自分が書く文章は素晴らしいもの」と思っていたフシがあります。

 

なので、「今から素晴らしい文章を生み出すのだから、ものすごく集中しなくてはならない」といった感じで、ノイズキャンセリングイヤホンをつけていたんじゃないかと。

 

でも今では毎日のブログも納品用の文章も、Spotifyで適当に音楽を掛けてノリノリになって書いています。

 

 

では昔より文章が下手になったのかといえば、ひょっとしたらそうなのかもしれません。ものすごく集中していない分、切れ味は薄れているのかもしれない。

 

ただ昔と比べて思うのは、少なくとも今のほうが読んでくれる人のために書いているなあと。読んでくれる人のことを考えて、読みやすいように書いているなと。

 

 

昔はもっと独りよがりな書き方をしていたように思います。難しい言葉をもっと使っていたように思います。

 

その理由は、単純に「自信がなかったから」なんだと思います。

 

 

文章を書くとは、自分の頭の中を見せることと同じです。昔と今とで頭の出来は変わりませんが、頭が良いと思わせるのに必死だったんだろうなと思います。

 

そういう時期は誰にでもあるのかもしれませんね。自分はそれを「ノイズキャンセリングイヤホンを使っていない」ことで、実感しました。

 

 

自分の今の目標は、「よし、うまく書けた」と思わないで書くことですね。

 

「よし、うまく書けた」は読んでくれる人へ視線を送っていません。見ているのは自分の心だけです。そうではなく、「よし、全員ではないにせよ、誰かの心には届くかもしれない」を目標にしたいです。

 


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