生き恥をさらす時代

7年ほど前、ラーメン屋さんへ取材へ行った時に、とても印象に残っている言葉があります。それは、「生き恥をさらしながら生きています」という言葉です。

そこはオープンして1年ほどのお店でした。味は良いと思いました。値段も手頃。取材するくらいだから、人気の出てきている店舗でした。

自分はその言葉を謙遜だと思って、「何言っているんですか、おいしいですよ」と返しました。それ以上、それについての会話は続かず店を後にしましたが、いつまでも「生き恥をさらしながら生きています」が頭の中に残りました。

最近、すごくそのことを実感します。こうして毎日ブログを書いたり、インスタへ写真を公開したりしているのは、冷静に考えればまあ恥ずかしいことなんです。

特にブログは、自分の頭の中を見せることになります。小説やエッセイのように何度も書き直した完成したコンテンツではなく、考えていることの断片をぽつりぽつりと残していく種類のものです。

自分のことを知っている人であれば、「あの人はこういうことを考えているんだ」と思われてしまいますよね。知らない人でも、「浅い考えだな…」という感想を持つかもしれません。「大したことを書いてないな」なんて思われたり。

つまりこうして発信し続けることは、客観的に評価される土俵に自ら立つということです。つくづく「生き恥をさらしているよな」と思ってしまいます。

では、なぜそういう状況に置かれても発信を続けるのか。理由は2つあります。

一つは、情報を分け合って生きるほうが、みんなが楽になるから。

例えば自分は、ここ何回か続けて海外一人旅のことについて書いています。これから海外へ一人で行ってみたいと思う人は、きっとネットでそういう情報を探すでしょう。すでに行ったことのある人のブログを探して、体験談を読んでみたいと思うはずです。

そういう時に、ネット上に一つも情報が落ちていなければ、その人は困った状況になります。自分の体験したことを公開せずみんなが隠してしまうと、世の中はかなり不便になると思います。

自分は不便な世の中になるのは嫌です。これまで検索することにより、色んな人の情報のお世話になりました。情報をオープンにしていくことの大切さを実感しているんです。

その中へ自分も貢献していき、少しでも生きやすい世の中になればいいと願っています。

もう一つは、どっちみち近い将来、かなり多くの人がネット上へ自分の情報を出すようになると思います。

その時に、世間に気に入られようと綺麗事を並べても、読む人はきちんと見抜きます。「この人は正直に書いているかどうか」この一点で、信頼されるかは決まります。

今、自分のブログには記事数が1130本あります。かっこつけている文章もあれば、賢く見せている文章もあります。

でも1000本以上書けば、さすがに嘘はつけません。まとまった本数の記事の総量によって、「ネット上で正直に文章を書いている人」というのが担保されることになるんです。

実はブログを書き続ける一番のメリットは、ここにある思っています。ネットとリアルの両方で信頼されるために、最も適したツール。それがブログを書き続けることなんだと。

そんなことを思いながら、日々、発信を続けていきたいと思います。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。