美しさか便利さか・イタリアと日本を比べてみて

こんにちは。イタリア五日目、ボローニャ二日目の朝です。

移動を交えると、旅の速度も加速します。あっという間に帰国する日になってしまいました。今日、ローマへ移動してバチカン市国を見てから、夜の便で日本へ帰ります。

今回のイタリア旅行で、ローマ・フィレンツェ・ボローニャを回りました。どの都市も本当に美しくて、街並みを歩いているだけで飽きません。

そして、次のことを考えてしまいます。どうしてイタリアの街は美しいと思えて、日本はそうでもないんだろう、と。

自分が住んでいる金沢は、美しい場所がたくさんあります。ひがし茶屋街や主計町、にし茶屋街など。昔の町家の風景が今も残っているんですね。

これらは「重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建)」として保護されているエリアでもあります。ただこれらの地域から一歩離れると、日本のどこにでもあるような現代的な街並みに戻ってしまいます。

もちろんイタリア全土を隈なく見て回ったわけではないんですが、今回の三都市はどれも日本で言う重伝建のエリアがものすごく広がっているような印象を持ちます。

これは「何を大切にしているか」という優先順位の違いなんだと思います。

ものすごく乱暴に区分けをすれば、イタリアは美しさを優先し、日本は便利さを優先しているのかなと。

日本の街の便利さの象徴は、コンビニエンスストアと自動販売機のように思います。

日本のいたるところで、冷たい(もしくは温かい)飲み物が手に入る。その代わり、コンビニや自販機の清潔な明かりは、昔の街並みに馴染みません。

一方、イタリアの街では、コンビニや自販機を「まったく」見かけません。その代わりに存在するのが、バールであったりタバコ屋さんであったりします。

この二つはどちらもごく狭い面積で、古い街並みの中に溶け込んでいます。特にバールはものすごい数が存在していて、のどが渇いたら立ち飲みでカフェやレモネードを一杯。それで十分に満たされた気持ちになります。

どちらの国もテクノロジーが入ってきていますが、日本は最新の技術に合わせて自分たちの生活を変えていくのに対し、イタリアは昔からの建造物に最新技術や今の生活を合わせていっているんですね。主従が逆なんです。

イタリアのように昔の建造物に合わせることで得られるものは、街並みの美しさだけです。例えば石畳にしろ、車や自転車で走る分には舗装されたアスファルトのほうがよほどいいんですよね。

でも石畳を残し保護していくことで、美しさは保たれる。「街が美しい(キレイや清潔という意味ではなく)」というのは、頭で考える以上に心を豊かにしてくれます。

「便利じゃなくていい、コンビニがなくていい、美しい街に住みたい」そんな風に思えてくるんです。

昔から憧れていたイタリアに来て、本当に良かったです。自分が心の底で考えていたことのいくつかが、少しつながったように感じます。「イタリアのすべての州を訪れる」、そんな新しい夢が生まれました。

Scroll to top