人生の快適度は「一緒にいる相手が誰なのか」でかなりの部分が決まる

こんにちは。北海道に来て4日めの朝です。今は小樽のホテルにいます。

北海道とは関係ない話ですが、人生の快適度は「一緒にいる相手が誰なのか」でかなりの部分が決まってくるのではと思うようになりました。

一緒にいる相手は家族だけでなく、会社の同僚であったり友達であったりもします。

自分はフリーランスなので仕事する相手を選べます。そして実際、選んでもいます。

この人と一緒にいたい、という強い思いはないですが、この人とは一緒にいたくない、と思う人とはかなり意識的に距離を取っています。これを実行するだけで、生きる上での快適さが相当変わります。

自分はフリーランスとして7年くらい働いてきました。もはや会社員には戻れないと思います。そしてその一番の理由がこの、「一緒にいる相手」に集約されるように思っています。

会社員の一番しんどい点は、一緒にいたくない相手を回避できないことです。部署内にいるひと全員のことが好きで、ストレスゼロなら問題ないです。でもそういう幸運な環境は、かなり稀なのでは。

会社内だけでなく、取り引き先でもそうですよね。「あのクライアントの○○さんが好きじゃないので、自分は行きません」という理屈は通らないでしょう。

つまり日常生活の中で、一緒にいたくない人と必ず顔を合わしたり話をしたりすることになる。

そうなると何とかその人のことを好きになろうとか、会社にいる間だけだから我慢しようといった方向に意識が向きがち。もともと好きでない人なのですから、それは間違ったエネルギーの使い方に思えてなりません。

世の中のひと全員が、「もう好きな人としか生活を過ごさない」と決めてしまえば、みんなのストレスが一気に減って、もっとやさしい世界になりそうですがね…。