「究極のハピネスを求めて」の感想

Netflixの作品を一本、ご紹介します。「究極のハピネスを求めて」というタイトルです。

内容はドイツに住むカップルが、中古のスクールバスを改造して生活できるようにし、それに乗りながらアメリカ大陸を縦断するというもの。

彼らが求める「究極のハピネス」とは、何にも縛られず、行きたいところへ気の赴くままに旅すること。

その行為自体には、自分も心惹かれます。定住をやめて、旅から旅へと移動して暮らすのは刺激的です。知らない世界を見ることができます。

パートナーの愛犬がどんどん弱っていく

ただこのドキュメンタリー映画では、ひとつの問題が発生します。スクールバスで移動するカップルには、パートナーとして愛犬も伴っているんです。名前をルディといいます。

ルディは最初のうちこそ飼い主と一緒にアラスカやカナダの大自然に触れて、すごく嬉しそうにしていました。

ところがアメリカを渡りメキシコへ南下していくうちに、体調がものすごく悪くなってしまいます。

移動の疲れと暑さでへばってしまい、病気にもなります。映像からどんどん弱っていく様子が感じられ、自分はとても心がいたみました。

愛犬にとっては「究極のハピネス」だったのか?

「究極のハピネス」を移動生活に求めたのは、飼い主である二人です。ルディにとって大好きな二人と行動をともにするのは幸せなことかもしれませんが、ストレスのかかる移動生活は決して幸せなものではない。

つまり二人が行なっている行動は、ルディの視点からみるととても利己的に見えるんです。

彼らは「自分たちの幸せはルディ抜きには考えられない」といいますが、結果的にルディの身体を弱らせてしまっている。この自己中心的に思える行動に、ちょっとイライラしてしまいました。

でもルディの体調がいよいよやばいところまで来たとき、二人は決断するんですね。「ルディのことを考えたら、旅を続けるべきではない」と。旅しながら暮らす生活より、ルディが健康であることが重要と考えたんです。

その結果、彼らは旅を中断し、改造したスクールバスも手放します。ドイツへ戻って、元の生活に戻ったところで映画は終わりました。

中途半端だが、納得できる終わり方

動物は言葉がわからないだけに、人間の利己的な行動に運命を左右されがちです。飼っている動物にとってのハピネスはなんなのか。快適な環境で飼われていることが前提であることは、言うまでもないです。

作品としては中途半端な終わり方かもしれませんが、「究極のハピネス」を求める行動として自分にとっては自然な流れに思えました。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。