「やりたいからやる」という、それ以上うまく言葉にできない衝動を大切にしたい

今日、知り合いに久しぶりに会いました。軽く近況報告をしたあと、12月から翌1月の二ヶ月間、ヨーロッパへ行くという話をしました。

すると、まあ普通のことなんだと思いますが、「何をやるために行くの?」と聞かれました。

これ、けっこう聞かれます。海外へしばらく行く。仕事ではなく、ただふらふらと一人で行く。「で、何しに行くの」と。

なんのために行くんでしょう。最初に行く国はアイルランドです。そこでしばらく語学学校へ入って、英語を勉強しようかなと思っています。でも英語習得のために海外へいくわけではありません。日本でも勉強はできますしね。

では、写真を撮るため?今回のヨーロッパ旅行はフィルムカメラを持っていくつもりでいます。なるほど、「写真を撮るため」というのはもっともらしい理由です。

でもそのためだけに行くのではないです。写真は撮りますが、とくに発表の場があるわけではない。インスタへちょこちょことアップする程度です。

じゃあ、なんのために行くのか。

自分でそのことを考えた結果、「理由なんている?」という結論になりました。

理由なんてない。ただ行きたいから行く。シンプルに言えば、それだけなんです。

でも理由なくやることこそ、自分にとって強度のあるものだと思っています。「やりたいからやる」というのは、自分の欲求に素直に従っているということです。

そこに理屈の入る余地はない。「将来、お金になるかも」とか、「いいねをたくさんもらいたい」とか、そういった打算的なことがない。ただやりたいと思うからやるんです。

年をとると、この「やりたいからやる」ということがだんだんできなくなります。できなくなるというか、そもそも「やりたいこと」というのが今ひとつわからなかったりする。やりたくないことなら、たくさん思いつくんですけどね。

だから、40歳半ばでフラフラと2ヶ月間、海外へ行くというのは、ばかみたいな話ですが、やりたいと思ったからやることにしたんです。

「やりたいからやる」という、それ以上うまく言葉にできない衝動を大切にしたい。