岩倉しおり初写真集「さよならは青色」

昨日は岩倉しおりさんという写真家の、初めての写真集が発売された日でした。タイトルは、「さよならは青色」。

その日は出かける予定があり、家に届いた本をパラパラと何度かめくっただけでした。でもそれだけでかなり心が持っていかれました。

見てみれば一目瞭然なのですが、岩倉さんの写真はすべてフィルムカメラで撮られています。35ミリフィルムなので、それほど解像度は高くないです。というかデジタルに慣れた目では、むしろかなり粗いといえます。暗がりのシーンでは粒子が目立って出ています。

でもものすごく持っていかれます。一枚、一枚を丹念に見なくても、パラパラとめくるだけで、どんどん岩倉さんの描く世界へ引き込まれてしまうんですね。

おそらくそれは、「残したい」と思っているものがブレていないからだろうと思います。

「何を求めているか」、そのことを言葉にすると陳腐になりそうです。でも写真を見れば多くの人は同じように感じるのでは。写真集という形態で何枚もの集まった写真を一度に見ると、一層、そう感じます。

それとともに、写真という表現のおもしろさを思わずにいられません。

例えばデジタル一眼レフは、安いものでも2000万画素くらいあるのが当たり前。30万円以上するものなら、4000万画素くらいないと物足りない感じがします。

それだけの画素があるということは、写真を構成する一つひとつの画素がものすごくたくさんあって、きめ細かいということですね。なめらかで、シャープで、鮮やかな写真を撮れるということ。

しかも瞳を自動的にとらえてフォーカスする機能も一般的になってきました。ものすごく細かい画素数に、瞬時に簡単に決まるピント。すばらしい機能です。

そういったカメラもまた必要だと思う半面、「高画素だからいい」とは言えないことを岩倉さんの写真を見ていて感じます。高画素では表せないものが、写真には確かにある。

おそらく4000万画素のカメラでも、レタッチをすれば35ミリフィルムで撮ったような質感を出せるでしょう。でもそれって、ただ表面だけを真似したものです。

一枚や二枚であればわからなくても、何百枚という写真を組み合わせてみれば、この写真集のような雰囲気は決して出せないはず。

カメラのスペックが上がり続け、カメラという機械がどんどんコンピューター化している今だから一層、この写真集は自分の胸に刺さってきました。すごいなあ。すごすぎて、嫉妬する気も起こらない。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。