ものを少なくする生活は、自由へとつながっている

今、「デスクトップパソコンはいらないんじゃないか?」という疑問を持っていて、とりあえず3日前から電源プラグを抜くことにしました。

プラグを差してまで使いたいと思うかどうか

iMacを使うには、プラグをコンセントへ差し込まなければなりません。それはデスクトップを使うのに一手間かかることになるので、必要に迫られない限りノートパソコンで済ませるでしょう。そういった状況であっても「iMacを使いたい」と思うのなら、デスクトップは自分にとって必要ということになります。

それとは逆に、ひと月くらいそのまま使わなければ、不必要ということ。となれば、売却するかスペアとして押入れにしまうかするつもりです。

デスクトップだけでなく、まだまだ取り払えるものはありそう

電源プラグを抜いて床からコードを取ってしまうと、それだけでさっぱりした気持ちになりました。おそらくもういらないんでしょうね。とりあえず3月いっぱいは様子を見ますが。

となると、当然ながらiMacを置いている仕事用の机も不必要になります。使っていた椅子もいらなくなります。デスクトップだけでなく、机と椅子も近い将来、なくしてしまえそうです。

そういう風に「これは本当に必要なのかな?」と考えていくと、まだまだ取り払えるものはありそう。

身軽になることの利点

ものを少なくしていくことの利点はたくさんあります。

単純な話、「置いていたスペースが空く」というのがありますね。特に机や椅子といった家具は場所を取るので、なくしたときの爽快感が高いです。

スペースが空けば、生活動線の選択肢も増えます。ものが多ければ避けて歩かなければなりませんが、なければ最短距離で歩けます。

あとは別の家へ引っ越すことになっても、「移動準備が楽」というのも大きい。荷物が多いと移動が億劫になります。それは引っ越しも旅も同じこと。もし「ノートパソコンだけで十分暮らしていける」と思えれば、引っ越しはリュックひとつで済みます。

もちろんそれは極端な話ではありますが、少しでも身軽になって悪いことはありません。

ものを少なくするのは、自由に生きることへつながる

なるほど、こうして書いていて気づきました。ものを少なくしていくことは、そのまま自由に生きることへとつながっているんですね。

それは家具などの物質だけでなく、人間関係もそうでしょう。しがらみでがんじがらめになってしまうと、それだけ自由から遠ざかってしまいます。

自由はないけれどものに囲まれている生活と、自由だけど最低限必要なものしかない生活。どちらを良いと思うかは、その人の生き方によるのでしょう。ぼくはなによりも自由を大切にしたいです。

最終的にはリュックだけ持って、旅しながら生きるのが理想ですけどね。その状態を目指して、余計なものをひとつひとつ手放していきます。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。