ルーチンを減らせば、つまらない時間が減って人生が楽しくなる

最近、ルーチンに変化を起こそうとしています。具体的には通ったことのない道を通ったり、飲食店で食べたことのないメニューを頼んだりです。

朝の支度もいつもはシャワーを浴びるだけですが、浴槽にお湯をはってお風呂に入ってみたり。LINEをいつもはiPhoneから送っていますが、アップルウォッチから音声入力で送るようにもしてみたり。

まあこうして書き出すとかなりしょうもないことばかりです。ともかくルーチンで自動運転的にやっていることに対して、ちょっとした変化を加えるように心掛けています。

そしてしばらく意識的にやってみた結果、ひとつ重大な気づきをしてしまいました。ルーチンって占める割合が増えれば増えるほど、人生はつまらなくなるんですね。

日常の大部分は、結果のわかっていることの繰り返し

思い出してみてほしいのですが、朝起きてから支度を完了するまで無意識に体が動いていませんか。会社勤めの方なら、何も考えないまま同じ道を歩いていませんか。

そしてひとつ重要な質問をします。無意識で自動運転的に何かをしているときって、楽しいですか?

もしかしたら「楽しい!」と答える方もいるかもしれませんが…。大部分のひとは、「特に楽しくない」のではないかと思います。

楽しいことを考えながら無意識に行動しているときは別です。そうではなくて、「ルーチンをこなすことそのものが楽しい」というひとはいないのでは。

自分は日常の行動へ意識的に変化をつけるようになって気づきました。ルーチンというのは、結果がわかっていることを繰り返しているだけなんです。だから、おもしろいはずがない。

通勤と旅行の違い

朝の支度も服を着たり歯を磨いたり、「この順番でひとつひとつをやっていけば、このくらいの時間で完了する」という予測のもとに行なっています。

よく行く飲食店で同じものを頼むのは、「この飲食店でこのメニューを頼めば、いつも通りの味のものがでてくる」という予測にもとづいています。

そしてこれらは何かしらアクシデントが発生しない限り、予測したとおりの結果となります。毎日、自分自身の行動の写経をしているようなものです。行動の先鋭化はなされると思いますが、「楽しい」という感情にはならない。

なぜなら、「楽しい」という感情を起こすには、刺激や期待、ワクワク感が必要だからです。

「どこか旅行に行こう」と思うとワクワクしてきます。なぜなら日常から離れるという刺激があるし、どういう時間を過ごせるのか予測ができないからです。ニコニコ顔でご機嫌に通勤している人ってあんまりいませんよね。でも楽しそうに旅行している人はたくさんいます。

ルーチンは結果がわかっているから、そういった楽しいという感情が発生しないんです。

これってすごいことを発見してしまったように思うんですが、周知の事実なんでしょうか。自分がわかっていなかっただけかな。

ルーチンを減らせば人生は楽しくなる、という仮説

もし周知の事実だとしたら、誰もがルーチンを少なくするはずです。つまらない時間より楽しい時間を多くしたいですよね。

ルーチンを少なくすればするほどつまらない時間は減るのだから、合理的に考えれば減らすよう努力するはず。でもほとんどの人は、無意識にできる行動を毎日繰り返しています。これってなぜなんでしょうか。

やはりその理由のいちばんは、単純に「めんどくさいから」でしょうかね

何かを変えるのにはエネルギーを必要とします。人工衛星も打ち上げるときは莫大なエネルギーを消費しますが、地球の周りをグルグル回るだけならほとんどエネルギーを使いません。

こう書きつつ、自分もかなりの時間をルーチンで費やしています。なぜなら、単純に面倒だからです。でもルーチンを減らせば減らすほど、人生は楽しくなる。そういう仮説を思いついてしまったので、些細なことでも意識して変化を与えてみます。


金沢在住のフリーランス・ライター。2014年より海外への一人旅をはじめる。これまでに訪れた国は16カ国。旅に使っているカメラは、2016年秋に亡くなった写真家の伯父・富岡省三氏のHasselblad 500C/M。