芸能人の逮捕報道は、現代の市中引き回し

アイドルグループに所属していた方が大麻所持で逮捕されました。そのこと自体、特に関心はないんですが、Twitterを見ていたらエンタメ系ニュースでその話題ばかり流れるのが気になりました。

海外のニュースもフォローしていますが、まったく報じていません。盛り上がっているのは日本の特定のニュースサイトだけ。

一緒に逮捕されたパートナーが「20年以上前に麻薬撲滅のCMに出ていた」みたいなことまで流れて、さすがに異常性を感じました。20年前なんて今と考えが変わって当然です。現在との整合性の有無など、何の意味も持ちません。

そのニュースと自分たちの生活とはなんの関係もない

どういう部分に異常性を感じたか。繰り返しになりますが、フォローしている海外のニュースではまったく報じられていないんですね。世界的には非常に些末な出来事なんです。

なのに日本ではまず速報が流れ、詳細が次々と報道される。逮捕された方の乗った車が警察署へ入り、その映像が繰り返し流れていました。ニュースバリューがかなり高いとみなされています。

でも正直言って、そのニュースがそれほどぼくたちの生活に関わっているとは思えません。

もちろんファンの方にとってはものすごく大きな出来事でしょう。仕事で利害関係のある方も気になるはず。また世界的に大麻解禁のムードが高まっていますから、大麻ビジネスに興味あるひとも関心をもつかもしれません。

その程度です。何度もニュースを見させられるほど重要性はないのです。

市中引き回しと構造的に似ている

そんなことは報道する側も、ましてやニュースを見る側もわかっているはず。なのにどうしてこういったニュースは何度も報じられるのか。ぼくは江戸時代の市中引き回しと構造的に同じだと思いました。

江戸時代には死刑囚が刑場まで公衆の面前にさらされながら、数キロの道を引き連れられたそうです。

その理由で考えられるのは2つです。1つは見せしめですね。「悪いことをすると、こういった悲惨な目に遭うぞ」と民衆に恐怖心を植え付けるためです。

もう1つは嫌な話ですが、見世物としてです。つまり悪事を働いた人間が悲惨な目に遭っているのを、民衆がエンターテインメントとして楽しむのです。人間は社会から脱落したひとを安全圏から眺めるのが好きなのです。失敗したひとを見て、「あのひとより自分はマシだ」と安心したいのです。

芸能人の逮捕を何度も報道するのは、経済合理性に適っている

現代に話を戻すと、芸能人の逮捕ニュースを何度も流すのはこれと同じだと思いました。はっきりと認識していないにせよ、ここまで執拗に流すのは罪をおかした人間を見世物にして楽しんでいるんです。

大衆が心の中で欲していることですから(もちろんぼくも含めてです)、ニュースサイトのPVは取れます。テレビも視聴率が稼げるでしょう。経済合理性的にこういったニュースが流れるのはしょうがないんですね。

そう思いつつ、ぼくはもう見たくないと思いました。法を犯した罪は償わなくてはなりません。でも執拗に報道し、見世物にするのとは話が別。その光景を何度も見ていると、ぼく自身が失敗することに余計な恐怖心を感じてしまいそうです。

エンタメ系ニュースサイトのフォローを外すことに

そこで自分のできる行動として、何度も大麻所持のニュースを流すアカウントのフォローを外すことにしました。

もちろん自分ひとりがTwitterのフォローを外したくらいで、社会の何が変わるわけではありません。でももともとテレビは家になく、情報の取得は主にTwitterから得ています。

フォローをやめることで余計なニュースを見なくて済むので、少なくもぼくの心にはそれだけの平穏が生まれました。

報道に文句を言ってもしょうがないです。見たくなければ物理的に見ない環境を作ればいい。そして見たくないひとが同じ行動を取っていけば、見世物にして楽しむ風潮はなくなるのだと思っています。