見えている世界の、まったく違うひとがいる。宮口 幸治著『ケーキの切れない非行少年たち』レビュー

ケーキの切れない非行少年たち

衝撃的な本を読んだので、ご紹介します。
児童精神科医・宮口 幸治著『ケーキの切れない非行少年たち』です。

宮口さんは現在、立命館大学で臨床心理系の講義をしています。
その前は、大阪の公立精神科病院で児童精神科医として勤務し、医療少年院へ赴任しました。

この本は、医療少年院の体験がベースとなっています。

世の中が歪んで見えていた非行少年

宮口さんは医療少年院へ入ってすぐ、「手がかかる」少年と対面します。

その少年は社会で暴行・傷害事件を起こして入所し、少年院でも粗暴行為を繰り返していました。
一言でいうと、かなり問題のある少年だったんですね。

その彼と出会った宮口さんは、「Rey複雑図形の模写」をさせてみることにしました。
文字通り複雑な図形の紙を渡され、それを紙に模写するものです。
この結果が、宮口さんにとって「生涯忘れ得ない衝撃的な体験」となりました。

実際に本に掲載されていた図形を載せますが、課題として出されたのが上の図1-1。
それに対して、少年の描いたものは下の図1-2だったのです。

『ケーキの切れない非行少年たち』より

ところどころのパーツは似ていますが、全体はまったく別の絵に変わっています。
つまり少年の目には、図1-1の絵が図1-2のように見えているのです。

これを見た宮口さんは、それまでの発達障害や知的障害のイメージが崩れました。

Reyの図の見本が図1─2のように歪んで見えているということは、〝世の中のこと全てが歪んで見えている可能性がある〟ということなのです。そして見る力がこれだけ弱いとおそらく聞く力もかなり弱くて、我々大人の言うことが殆ど聞き取れないか、聞き取れても歪んで聞こえている可能性があるのです。

『ケーキの切れない非行少年たち』より

ケーキを等分に切ることができない

もう一つ、同じようなテストの結果をご紹介します。
本のタイトルにもなっているテストです。

粗暴な言動の目立つ少年にA4の紙を渡し、以下のような問題を出しました。

ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか?皆が平等になるように切ってください

『ケーキの切れない非行少年たち』より

この問題を聞いて多くの人が、中心から放射状に3本線を引いて等分になるようにするでしょう。
ところがその少年は、まずケーキを横半分に切り、その後、悩んだまま固まってしまいました。

何度か試しても同じことの繰り返しで、線を入れたかと思えば、図2-1のように上半分に線を入れます。

別の少年は同じ問題を図2-2のような切り方をし、「では、5等分にするには?」と尋ねると、図2-3や図2-4のような切り方をしました。

『ケーキの切れない非行少年たち』より

非行少年の多くは、逮捕後に障害がわかる

こういった簡単なテストや面接を繰り返すうち、宮内さんは非行少年の類似点を見つけます。

それらを、「非行少年の特徴5点セット+1」としてまとめました。

・認知機能の弱さ……見たり聞いたり想像する力が弱い
・感情統制の弱さ……感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる
・融通の利かなさ……何でも思いつきでやってしまう。予想外のことに弱い
・不適切な自己評価……自分の問題点が分からない。自信があり過ぎる、なさ過ぎる
・対人スキルの乏しさ……人とのコミュニケーションが苦手
+1身体的不器用さ……力加減ができない、身体の使い方が不器用

『ケーキの切れない非行少年たち』より

非行少年の多くは、小学2年生ごろから勉強についていけなくなります。
すると友達からバカにされイジメにあい、先生からは不真面目な生徒の烙印を押されます。
その結果、学校に行かなくなり、万引きや暴力行動など非行的になっていくのです。

でもこの時点で、誰もこの生徒に障害があるとは気づきません。
中学校へ進学して問題行動がエスカレートし、逮捕され、少年鑑別所に入って初めて「障害があったのだ」とわかるのです。

この本では、「では、どうすれば彼らを救えるのか」といった解決案までが書かれています。
興味を持たれたら、実際に本を読んでみてください。

これから先は、本を読んでぼく自身が気づいたことです。

話の通じないひと

自分もまた、著者と同じように「Rey複雑図形の模写」の結果に衝撃を受けました。

社会で普通に過ごしていて、「話の通じない人」が一定の割合でいませんか。
そんなとき、「自分の伝え方が悪い」もしくは、「おそらく何かしら強いこだわりがあり、一時的に視野が狭くなっている」と思っていました。

そういった人もたくさんいるのでしょうが、この図の結果を見て、「そもそも、見えている世界のまったく違う人がいる」とわかりました。

もちろん、ぼくの見ている世界が正しいわけではないです。
ぼくも歪みを持って、目の前の世界を見ています。

つまり見えている世界はひとつではなく、ひとによって違う風に写っているのです。
しかも認知の弱い人にとっては、多くの人が見る平均的な世界とは、まったくの別物になっている可能性もある。
そんな事実に気づいたんです。

会話を成立するには、見えている世界を合致させる必要がある

すると、色々なことが納得できました。

例えば何か問題が起きたとき、担当者へ原因と解決法を聞いてみたとします。
ところが責めているわけでないのに、質問をしても自己弁護ばかりされるケースがあります。

問題解決の方法を話し合いたいのに、「私は悪くない。システムが悪い。会社が悪い」と責任逃ればかりされるケース。
そんなとき、そのひとに見えている世界は、大勢の人が一斉に自分を攻撃している様子なのかもしれません。

見えている世界が違うため、話がまったく噛み合わない。
話を進めるためには、「あなたを糾弾したいわけでなく、問題解決をしたい」とお互いの見えている世界を合致させる必要がある。
それをしないで、「あのひとは責任逃ればかりで、話にならない」と切り捨ててはダメなんですね。

その逆にトラブルがあったときには、「自分は、目の前の世界を認知できているか」と、意識したほうが良いでしょう。
話の通じない原因は、自分の認知力の低下にあるのかもしれません。

「見えている世界が違う事実」は知っておいてよかった

人間は社会的な動物なので、人間関係が生活の多くを占めます。
その良し悪しで、日々の暮らしやすさはかなり変化するでしょう。

「認知が低下すると、会話が成立しない」「そもそも、見えている世界のまったく違う人がいる」こういった事実は、知っておいてよかったと思いました。

関連記事

Pocket

Scroll to top