テクノロジーの進化についていくか、それとも諦めるか。やっかいな局面に入った人類

テクノロジーの進化が、止まりません。

最近、驚いたのは、前転やジャンプ&一回転するロボットです。
映像を貼り付けます。

アメリカのロボット研究開発を行うBoston Dynamicsが、2019年9月24日に発表しました。

動きがかなり滑らかで、いわゆる「ロボット臭さ」が見当たりません。
これを骨組みにして人間っぽい装飾をしたら、すぐにロボットと気づかないのでは。
何の説明もなく映像を見ると、CGかと思ってしまいます。

二足歩行ロボットで思い浮かぶのは、ホンダのASIMOです。
ASIMOは(おそらくバランスを取るため)体型がずんぐりしていて、重心も低かった。
動きはそれなりに滑らかでしたが、前転したり一回転したりはできません。
基本的には歩くだけ。

それでも世に公開された2000年初頭当時、2本足でずんずん歩く姿に驚きました。

今は2019年で、それから20年近くの時が経っています。
自分の想像を超え、人間と遜色ない動きのロボットがあるのは、いわば当然のことです。

最近、もうひとつ驚いたのは、アメリカの電気自動車メーカー・テスラが販売しているモデル3の新機能です。
この車にはコンピューターが搭載してあり、スマホやパソコンのようにソフトウェアアップデートが定期的になされます。

先日、2019年9月26日にアップデートが行われました。
それによりスマホのボタンをタップするだけで、無人の車がやってくる機能が追加されました。

テスラが発表した映像では、無人カーが路肩の車を避けながら、ゆっくり近づいていくのがわかります。

二足歩行ロボットにしろテスラにしろ、これらの情報はニュース記事に「さらっと」書いてありました。
特に大きな驚きもなく、いわば「順当な進化」とでも言わんばかり。

人間と遜色ない滑らかな動きをするロボット。
ボタン一つで、迎えに来る無人カー。
これらはぼくにとって、アニメや特撮映画の世界でした。

「アニメは何でもありだから、便利だな」と割り切って見る、実現不可能を前提とした世界です。

それが、いつの間にか現実になっているのに驚きます。
現実になり、さらに当たり前の事実として、淡々とニュースが伝えている

自分が知っている現実と実際の現実とに、距離を感じずにいられません。
テクノロジーの進化は、個人が持っている前提を猛スピードで引き離しに掛かっています。

こういう映像を見たとき、ぼくはふたつのことを思います。

ひとつは、「テクノロジーについていかないと、経済的に損失になるだろうな」ということ。

例えば去年からQR決済できるサービスが、怒涛の勢いで登場しています。
あまりにも種類がありすぎて、ぼくはとてもじゃないですが把握できていません。

「よーいどん」でほぼ一斉にスタートしているため、どのサービスもポイント還元をアピールしています。
情報を得ないと経済的に損をしてしまう。
それはわかっていても、重い腰を上げる気になれない。

あまりにも種類の多いQR決済を前にして、ぼくは使うのを諦めました。
「こんなのは選べっこない。どれかを選べば、選ばなかった他のサービスが気になってしまう」そう思い、以前から利用しているSuicaのみ継続して使っています。

QR決済ひとつとってみても、こんな状況です。
そのため、経済的損失になるとわかっていながら、別のことを思います。
それは、テクノロジーの進化についていくのは不可能だと。

すでに自分の想像を遥かに越えるスピードで、次々と新しい技術が出てきています。

何か新しいサービスが登場するたび試していては、いったいどれだけ時間がかかるのか。
しかも今日、登場したサービスは、来年には別のサービスに代わっているかもしれません。

目まぐるしい進化に目を奪われると、いつまでも捕まえきれない焦燥感に駆られる。
そのことが、この数年ではっきりとわかりました。

最新テクノロジーに何とかついていくか、それとも諦めるか。

おそらくぼくを含めほとんどのひとが、同じ場所に立ったまま次々変わる景色を、ただ眺めるだけになるのではないでしょうか。

好むと好まざるとにかかわらず、そのなかを過ごしていくことになった我々は、致命傷を負わないよう何とか生きていくしかありません。
「どれだけ景色が変わっても、人間の基本的な営みはこれからも変わらない」、そう言い聞かせながら。

人類は、「猛スピードで突き進む、テクノロジーの進化」というやっかいな局面に入ってきました。

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