何に「いいね」を押したか、思い出せない

先日、スポティファイで音楽を聞いていたら、自分好みの曲が流れました。
いつもそうしているのですが、このときもスマホ画面のハートマークを押し、その曲をMy Libraryへ追加しました。

こうしておくと、好きな曲を集めたプレイリストが勝手にできあがります。便利。
ハートマークの傾向はAIが分析し、レコメンドが嗜好に合ったものへ調整されていきます。

この機能自体は、なんというか、非の打ち所がないくらい良いものです。
音楽の聞き方が根本的に変わりました。
自分で探さずとも、効率よく好きな曲を流せるようになりました。

言わば、音楽を受け身で聞いている状態。
ただ受け身だから、捨ててしまったものもある。

そう気づきました。

「いいね」を押した良さげな曲をもう一度聴きたいと、探してみたんです。
でも、見つけることができない。
「いいね」を押した数が多くて、どの曲なのか今ひとつ確信を持てないんです。

でもこれって、よくよく考えると変な話です。
「良い曲だった」とイメージは残っているのに、それを見つけられないなんて。
本当にそんな曲が存在していたのかと、不安にさえなってきます。

こういったことって、ぼくはよくあります。
スポティファイだけでなく、インスタグラムでもツイッターでも。

いかに自分が、なんとなくLikeボタンを押しているか。
「いいね」を押すのは、自分にとって「これが好きです」という宣言のはず。

スマホのないころは、自分の好き嫌いに対してもっと敏感でした。
音楽を聞くには好きなアーティストや曲を見つけて、そのCDを買いに行かなくてはならない。
時間とお金を掛けるのですから、「なんとなく好き」よりもっと深い、「すごく好き」を探し求めていたんですね。

そのため好きな曲に出会えたら、必ず記憶にとどめ、可能なら楽曲名やアーティスト名をメモしていました。
記憶の洪水に流されてしまわないように。

趣味嗜好の話は、友達との会話でもよく出てきます。
「音楽は何が好き?」と聞かれれば、緊張したのを思い出します。

「本当は〇〇が好きだけど、でもちょっと尖り過ぎてるな」とか、「3番めくらいにマイルドに好きなものを言って、様子を見よう」とあれこれ考えていました。

でも最近、「音楽は何が好きですか」と聞かれても、「Spotifyがオススメしているのを適当に流しているだけです」と答えてしまいます。

Spotifyが推薦するものは、ぼくが「いいね」を押した傾向で作られています。
だから好きな音楽には違いないのですが、ぼくにはそれらのアーティスト名を答えられない。
何しろ「いいね」を押した曲すら、思い出せないのですから。

懐古主義なわけでは、ぜんぜんありません。
昔が良かったなんてとんでもない。
より便利になった、今のほうがいいに決まっています。

ただ、「好きな音楽を具体的に説明できない」というのは、便利さと引き換えにするには、いささか問題があるなと思えました。

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