スマホを見ずにいられないのは、完全な依存症。SNS依存からの脱却

最近、意識的にSNSから遠ざかるようにしています。
特にスマホ。
いつでもネットにつながるスマホがあると、ついSNSを見てしまうんです。
この癖をやめるようにしています。

具体的にやったこととして、スマホのSNSアプリのほとんどを削除しました。

ほとんどというのは、アンドロイドのフェイスブックアプリは別アプリのログインに使っているようで、残しておいたほうが良さそうでした。

アプリを削除したTwitterやインタスタグラムは、見たり投稿したりするのに、ブラウザで検索してページを開かなくてはなりません。
やってみるとわかるのですが、これってちょっと面倒なんです。

人間は面倒なことを嫌いますから、見るまでにハードルを設けることで、自然に減らすようにしています。

SNSの弊害は、すでに色々と言われています。
ぼくが経験して感じるのは、アルコールやニコチンと同じで中毒になりやすいんですよね。

報酬(返信やいいね)があるから、投稿したあとに反応が気になってしまう。
受動的に眺めることで、目新しく刺激的なものが飛び込んでくるから、ついついタイムラインを追いかけてしまう。

「目的を持って見ている」と意識しているうちはいいんですが、そのうち「スマホを開き→なんとなくSNSを見る」が癖になってきます。

特に見たいものがあるわけでないのに、少しでも時間があると画面を開いてしまう。
見れない状況になると、イライラしてくる。

これってすでに依存症になっている証拠です。
ぼく自身まさにそんな感じになっていたので、「ちょっと減らしたほうがいいな」と思ったわけです。

実は、こんな風に思ったのには、直接のきっかけがありました。

とあるイベントに参加したときのこと。
自分の前にいた人たちが、定期的にスマホの画面を開いていたんです。

かと言って熱心に何かを書き込むだけでなく、アプリをいくつか開いてポケットに入れる。
しばらく経つとまた取り出して、アプリをいくつか見てからポケットに入れる。
この繰り返し。

そういう動作を客観的に見ていて、「自分では気づかないけど、こんな風に定期的に見ないと落ち着かなくなっているんたな」とわかりました。

もちろん薬物中毒などとは違い、法を犯しているわけでなし、ひとりでいる分には迷惑を掛けているわけでもない。
でも目の前で自ら参加したイベントが行われているのに、定期的にスマホをチェックせずにいられないのは、正常な状態とは言えません。

今しか楽しめない時間なのにスマホへ意識を取られるのは、単純に損失でもあります。

ぼく自身がそのイベント中にまったく同じ行動をしていたため、「これを機会に治そう」と思いました。

主要SNSの歴史を紐解くと、フェイスブックの誕生が2004年、Twitterが2006年、インスタグラムは2010年。
古参のフェイスブックでも15年くらいなんですね。

急激に浸透し、世界人類の数え切れないほどの時間を消費させているわけですが、その結果、ひとの精神や身体がどのように変化していくのか。
それはまあ、本当のところは未来にならないとわからないですね。

SNSを見る量を減らせば、情報取得の面で圧倒的に劣ってしまうでしょう。

ただ、ぼく自身は、距離を取っていくことに決めました。
「中毒性が高く、心身に影響を与えるもの」は、ほどほどの付き合いにしたほうが身のため。

デジタルまみれながら、多少は残っている直感がそう知らせています。

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