最終更新日 2021-11-24
書籍『嫌われた監督』を読みました。
すごくおもしろかったです。
この本は、「落合野球の強さの理由」を丹念に書いています。
読み終わった後、勝てる組織を作るリーダーに大切なことは以下の3つだと思いました。
- 明確な目標を設定する
- 可能性の一番高い方法を選択する
- 最適化のため組織を定点観測をする
この記事では『嫌われた監督』のレビューをしつつ、「落合博満氏が率いた勝つ組織は、どのように作られたのか」をまとめてみます。
この記事の目次
『嫌われた監督』レビュー【勝つ組織はシンプルに作られる】
タイトルの「嫌われた監督」とは、落合博満氏をさしています。
落合氏はプロ野球の現役時代、3冠王に3度輝いたほどの伝説的な強打者です。
1998年に引退後は、2004年から2011年まで監督として中日ドラゴンズの指揮をとりました。
8年間の在任期間は、すべての年でAクラス入り。
リーグ優勝が4回、うち日本一1回と、名将と呼ぶにふさわしい成績を収めています。
この本は日刊スポーツでプロ野球記者を16年間担当した著者・鈴木忠平氏が、当時戦っていた選手やスタッフの視点、また著者自身の視点とを重ね合わせ綴っています。
本を通し落合博満氏の人間像や、強いチームを作れた理由に迫っているのです。
落合野球は誰に嫌われたのか
落合監督の在任期間中にプロ野球を見ていた人は、タイトルの『嫌われた監督』がしっくりくると思います。
ぼくも落合監督には、タイトルのようなマイナスのイメージがあります。
落合氏は、誰に嫌われたのか。
それは主にメディアと、一部の球団上層部です。
メディアへの塩対応
嫌われた理由のひとつは、徹底した秘密主義にあります。
例えば落合氏は、試合中のブルペンのテレビ中継を禁止にしました。
テレビで野球中継を見ていると、ブルペンの様子は何の違和感もなく映し出されます。
視聴者にすれば、「どのピッチャーに代えるのか」と予想するのも楽しみの一つ。
しかし落合監督は、相手チームへの情報漏えいを嫌がったのです。
監督の立場からすれば合理的な判断と思えますが、メディアにすればコンテンツの魅力が下がるわけで、反発が起こりました。
試合後も落合監督は、インタビューに熱心に答えません。
謎掛けのような言葉を、ぽつりと言い残すのみ。
親会社が大手新聞社でありながら、メディアへのサービスがかなり少なかったのです。
冷酷に映った決断と、地味な采配
また落合監督には、「冷酷」「非情」といったイメージがあります。
就任2年目には、一挙に13人もの選手を解雇しました。
その中には入団2年目の選手もいて、冷酷なイメージを浸透させました。
他にも有名な逸話では、2007年に出場した日本シリーズの出来事があります。
日ハム打線を相手に、先発の山井投手は8回まで四死球0・被安打0のパーフェクトピッチング。
ファンの多くが完全試合の大記録を望んだ中、落合監督は9回に守護神の岩瀬投手を投入したのです。
結果的にこの試合に勝ち日本一になりましたが、「日本シリーズでの完全試合」という前代未聞の記録を前に継投を指示したことで、「勝つことしか考えてない」「冷酷な采配」と人間味のない印象を全国のプロ野球ファンに与えました。
通常の采配自体も、守りを中心とした地味なもの。
ファンからすれば、「勝つには勝つが、つまらない試合」に思えたのです。
強いけど人気が出ない
その結果、「強いけど、球場には空席が目立つ」という、歯がゆい状況を招きました。
しかしAクラス入りする以上、選手や監督の報酬は年々アップします。
収入より支出が増える財政状況に、球団を運営する上層部は不満を持ちました。
落合氏は与えられた使命をまっとうしただけ
ただし落合監督にしてみれば、秘密主義も守備重視の采配も、すべて当然のことでした。
球団と交わした契約には、「Aクラス入り」「リーグ優勝」「日本一」とそれぞれにインセンティブが与えられています。
インセンティブのメッセージは、「優勝してほしい」です。
落合監督にしてみれば、その使命を忠実に守っただけでした。
強いチームだけでなく、勝てるチームに
球団からの使命をまっとうするには、強いチームを作らなくてはなりません。
しかし野球は勝負事なので、強いチームを作っても勝てるとは限らない。
弱いチームはだめだが、勝てないチームはもっとだめ。
その考えで、「勝つこと」を追求したのです。
落合野球の3つのポイント
では落合監督が、勝てるチームづくりのために行ったことは何だったのか。
ポイントとして、以下の3つがあります。
- チームプレーでなく個人成績を考えさせる
- 守備重視の野球
- 同じ地点から定点観察する
1. チームプレーでなく個人成績を考えさせる
野球は団体競技です。
一般的には個人成績より、チームプレーを優先します。
しかし落合監督は、真逆の考えでした。
選手には、「チームではなく自分のことだけ考えろ」と指示したのです。
落合監督が選手に望んだことは、体力と技術の向上でした。
それぞれが個の力を高めれば、それをどう使って勝つかは監督の仕事。
つまり「強い手駒」を求めたのです。
そのためチームプレーと称してヘッドスライディングをし、ケガをされたら計算が立ちません。
ケガしないことを含め、「チームではなく、自分自身の成績だけ考えてプレーしろ」と指導しました。
トレードで来たばかりの和田選手への言葉
象徴的な出来事が、チームバッティングをした和田選手への言葉です。
2008年に西武からトレードしてきた和田選手は、クリーンナップを任されました。
ノーアウト二塁で打順が回ってきたとき、「最低でも進塁打撃を」と一二塁間への右打ちを決行。
進塁打撃は野球の定石ですが、試合後、落合監督から以下のような話をされました。
「いいか、自分から右打ちなんてするな。やれという時にはこっちが指示する。それがない限り、お前はホームランを打つこと、自分の数字を上げることだけを考えろ。チームのことなんて考えなくていい。勝たせるのはこっちの仕事だ」
『嫌われた監督』より
そう言われた和田選手は、これまでの考え方と真逆に思え、呆気にとられたと言います。
2. 守備重視の野球
「野球でおもしろい内容のゲームは?」と質問されれば、多くのひとが「点の取り合い」と答えるでしょう。
野球はホームランやヒットなどで、点を取り合う打撃戦がおもしろいです。
多くの監督は点を取るために長距離を打てるバッターを欲しがりますし、ファンもスラッガーに魅了されます。
しかし落合監督は、バッティングにまったく期待しませんでした。
バッティングは、どれだけ技術を磨いても良くて3割。
一方、守備は、素質や練習によって失策0(10割)にまで持っていけます。
3割と10割のどちらを取るか。
答えは明らかです。
落合監督は、守備の10割を目指すほうが合理的と考えたのです。
勝つ可能性の最も高い野球をやる
失点を最小に(限りなく0に)できれば、負ける可能性は低くなります。
落合監督率いる中日ドラゴンズは負ける可能性を低くするため、つまり勝つ可能性を高めるために、攻撃ではなく守備重視の野球を極めました。
2007年の日本シリーズで完全ピッチングをしていた山井投手を降板させたのも、リリーフの岩瀬へつないだほうが、より失点の可能性が低くなるからです。
勝つ可能性の最も高い手段を探し、それを実行しただけ。
そんなシンプルな考えと実行力が、落合野球の本質だったと言えるでしょう。
3. 同じ地点から定点観察する
ときに落合監督は外から見ている記者やファンからすれば、不可解に思える采配をしました。
ベテランの立浪選手をレギュラーから外したり、鉄壁と言われた二遊間コンビの荒木選手と田端選手の配置を入れ替えたりが、その不可解な采配に当たります。
しかしそれらは落合監督にすれば奇策でもなんでもなく、当然のことでした。
落合監督はいつもベンチの同じ位置に座り、守備隊形の定点観測を続けました。
その結果、守備のわずかなほころびを見つけ、失点の可能性を低くするため最適な布陣に変えただけなのです。
外から見れば意図のわからない奇策に見えても、毎日、同じ場所から観測を続ける落合監督にすれば、これもごく自然なことでした。
シンプルなことをやり続けた結果の勝利
この本を読んだ後に、YouTubeで落合監督についての動画をいくつか見ました。
当時レギュラーだった選手が落合監督の印象を話している動画では、ほぼ全員が「落合監督の野球は、普通の野球だった」と口を揃えています。
落合野球のやっていたこと
落合監督がやっていたのは、ごくシンプルなことでした。
- 選手に求めたのは、体力と技術の向上
- そのために、練習をとことんやらせる
- 「ケガをするな」と口酸っぱくいう
- 勝つための人選をし、最適な布陣を敷く
- 良くて3割の打撃ではなく、10割を目指せる守備を重視
- ランナーが出たら、犠打でスクアリングポジションに進める
- リスクの高い盗塁やヒットエンドランはしない
- 点を取ったら、リリーフ陣と鉄壁の守備で逃げ切る
- 内情が外に漏れないよう、細心の注意を払う
何もおかしなことはやっていません。
勝つという目標を達成するため、言わば「手堅く合理的な野球」をやっているだけです。
勝つ野球を追求して、嫌われることに
その結果、在任期間中はすべての年でAクラス入り。
リーグ優勝4回、日本一1回。
そんな輝かしい成績を残すとともに、「勝つには勝つけどつまらない野球」「非情で不可解な采配」「秘密主義」が原因で嫌われることにもなったのです。
勝つために大切なこと
記事の冒頭に書きましたが、この本から勝つために必要な要素として以下を学びました。
- 明確な目標を設定する
- 可能性の一番高い方法を選択する
- 最適化のため組織を定点観測をする
この本を読んだ上で思うのは、「落合博満氏に、再びどこかのチームの監督になってほしい」ということです。
おそらく強いチームを作るでしょうし、以前よりも理解者が増え、それほどは嫌われないのではと思います。
野球ファンはもとより、「勝つチーム」を作りたいリーダーにおすすめの本です。